アリバイトリックの宝石箱
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摩耶と並ぶシリーズキャラクター・島崎がアリバイと不可能犯罪の謎に挑む。巧緻なトリックが盛り込まれた贅沢な1冊だ。 |
天城の初期作品では摩耶正が探偵役を務めていたが、ブランクからの復帰後――1970年代以降の作品には(摩耶シリーズのワトスン役だった)島崎警部を主役にしたものが多い。主要テーマが密室からアリバイに移行したことで、天才型の摩耶ではなく、凡人型の島崎がメインキャラクターに出世したわけだ。そんな島崎のシリーズを束ねたものが
『島崎警部のアリバイ事件簿』である。前半の「ダイヤグラム犯罪編」には「急行《さんべ》」「寝台急行《月光》」「急行《あがの》」などの――列車名をタイトルに冠した――鉄道アリバイもの、後半の「不可能犯罪編」には(密室やアリバイなどの形式に縛られない)バラエティ豊かな不可能犯罪ものが並べられている。試行錯誤によってアリバイを崩していく物語、奇抜な状況をめぐる謎解き、オチの利いたショートショートなどが詰め込まれており、そのぶん前著よりも読みやすいので、入門者には本書から読み始めるという選択肢もあるだろう。
幻の長編がついに復活
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幻の長編と未収録短編をセットにした第3作品集。長編ならではのプロットと活劇が楽しめるのは嬉しい限りだ。 |
2006年に上梓された
『宿命は待つことができる』も2部構成になっており、第1部には著者の第2長編『宿命は待つことができる』が置かれている。初長編『圷家殺人事件』、その改稿版『風の時/狼の時』、第3長編『沈める涛』が入手困難な現在、これは「書店で入手できる唯一の天城長編」にあたる。長編だからこそ可能な展開――捜査の迷走ぶりやアクションを堪能できる点からも、本作は極めて貴重な存在にほかならない。第2部「島崎警部と春の殺人」には「春」をモチーフにした8編が収録されており、推理の内容よりも人々のドラマが強い印象を残す。これもまた著者の持ち味の1つなのである。
天城は基本的に余技作家であり、半世紀を越える作家生活にも関わらず、著作の大部分は――各巻の分量が多いこともあって――本稿で挙げた3冊に収められている。著者の生前に間に合わなかったのは残念だが、全作品が読める状態にするためにも、未刊長編『風の時/狼の時』と『沈める涛』の刊行が待ち遠しい限りなのだ。
【関連サイト】
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日本評論社…天城一の作品集を刊行している日本評論社の公式サイトです。