奇抜な発想が盛り込まれた
ノンシリーズ作品
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崖から転落した嵯峨野リョウは「自分が生まれなかった可能世界」に飛ばされてしまう。彼がそこで直面した絶望的な真相とは……。 |
米澤穂信は――シリーズものの安心感とは対照的に――単独作品では先鋭的な試みをすることが多い。たとえば初のノンシリーズ作品
『さよなら妖精』では、著者は青春ミステリーと世界の現実を重ねてみせた。大学生の守屋路行は1年前に出逢った黒髪の白人マーヤ(と過ごした2か月間)を回想し、彼女の帰った故郷の正体を知ることになる。
『犬はどこだ』はペット探しを生業とする青年・紺屋長一郎が主人公の私立探偵ものだが、こちらは遠からずシリーズ化される予定。さらに著者は
『ボトルネック』において広義のSFにも挑戦している。高校生の「僕」こと嵯峨野リョウは、恋人を弔うために訪れた東尋坊の崖から墜落し、気が付くと金沢の町に立っていた。存在しないはずの姉・サキの話を聞いた「僕」は、自分が生まれなかったパラレルワールドに飛ばされたことを悟る。真相の絶望感はあまりにも印象的だが、著者のダークサイドが発揮された野心作であることは確かだろう。
本格ミステリーの遊戯性に淫した
最新長編『インシテミル』
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高給に釣られて館を訪れた被験者たちは、主催者の思惑通りに殺人ゲームに巻き込まれていく。ゲームの勝者は果たして誰なのか? |
最新刊
『インシテミル』もダークサイドを感じさせる物語だ。時給11万2000円の実験モニターとして「暗鬼館」に集められた12人の被験者たちは、館の地下に7日間閉じ込められることになった。主催者による悪趣味なルールに導かれるように、彼らは殺人ゲームを繰り広げていく。各人に配られた道具で殺されていく被験者たち。嘘をついているのは誰か? そして生き残るのは誰か? 人間をゲームの駒と見なす非人道的な発想は、いわば本格ミステリーの王道にほかならない。その非人道性を強調し、人々の行動を無機的な数字のゲームに還元すること――著者はその手続きに「淫してみる」ことを選んだ。巻頭の「この先では、不穏当かつ非倫理的な出来事が発生し得ます。それでも良いという方のみ、この先にお進みください」という警告文に誇張はなく、だからこそ本作は本格ミステリーならではの刺激を持ち得ているのだ。
【関連サイト】
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汎夢殿…米澤穂信公式サイト。近況報告と著者自身による既刊情報などがあります。
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作家の読書道…
WEB本の雑誌に掲載された米澤穂信インタビューです。