タトゥーの制作には、どんな人達が関わったのですか?

イワン・シャポヴァーロフ(Ivan Shapovalov)
タトゥーのプロデューサー兼マネージャー。オリジナルのロシア盤『200Km/H In The Wrong Lane』ではプロデューサーとしてのグレジットだったが、海外盤ではエグゼクティヴ・プロデューサーという肩書きに。タトゥーのコンセプトを生み出した、ロシアのマルコム・マクラーレン。児童心理学者、元宣伝マン、策士。現在36歳。

amazon.co.jpにあるCDは、ジャケ写からリンクできます。(amazon.co.jpにない場合、海外のamazonや他の通販サイトへ)
トレヴァー・ホーン(Trevor Horn)
タトゥーの世界進出に当たって、雇われた英語ヴァージョン用プロデューサー。レナもインタヴューで答えていたが、実質的には歌唱指導。元バグルス(ジャケは1980年にオリジナルがリリースされた『プラスティックの中の未来』;TVドラマ『東京ラブシネマ』で「ラジオスターの悲劇」が挿入歌として使用されています)、一時血迷ってイエスに在籍。80年代にはFrankie Goes To Hollywood、ABC、Propaganda、Art Of Noiseなどのプロデューサーとしてその名を知らしめる。現在、54歳。

エレーナ・キーペル(Elena Kiper)
レーナ・キーペル(Lena Kiper)とも表記されていることがある。タトゥーの元ディレクター。ロシア語の「All The Things She Said」や「Not Gonna Get Us」の作詞をしたNTV(ロシアで3番目に大きいテレビ局)のジャーナリスト。この作詞には、Moscow Theatre Instituteの学生であったヴァレリィ・ポリエンコ(Valeriy Polienko)も加わっている。レーナ・キーペルは現在、タトゥーからは離れ、Nichyaというユニットで自らヴォーカルをとっている! 男女ユニットですが、タトゥーっぽい。

Nichya(PVも見れます)

セルゲイ・ガロヤン(Sergey Galoyan)
オリジナルのロシア盤『200Km/H In The Wrong Lane』でのほとんどのタトゥーの曲を手がけた宅録作曲家。世界的にメガヒットした曲が、一人の無名の青年によって学生時代、彼の自宅にて作られたことは、画期的です。欧米や日本の音楽業界では、考えられないことです。ロイヤリティや彼に対する処遇について揉めた様で、法的手段に訴えたとの情報もある。干されちゃったのか、最近のタトゥーの作品に彼の名前は見ない。才能があるのに残念です。華麗なるCOME BACKをして、見返してください。現在22歳。

ザ・スミス(The Smiths)
シングル『30 Minutes』は、プロモ(ジャケ写)は出たのですが、封印される。レナも"熱演"する「30 Minutes」のプロモの爆発シーンが、時節柄の相応しくないとの判断で自粛される。そのお陰で、モリッシー=マーの不運な名曲「How Soon Is Now?」は、タトゥーの全世界第3弾シングルに昇格。

この「How Soon Is Now?」ですが、本国イギリスでは12インチ『William, It Was Really Nothing』に中途半端なボーナス・トラック(後のシングルとは別ヴァージョン)として収録される。その後、レアとライヴ曲を集めたアルバム『Hatful Of Hollow』(1984年)に収録される。その後、やっと「How Soon Is Now?」はシングル・カットされるが時既に遅し。ややこしいが、アメリカ盤『Meat Is Murder』(1985年)のみのボーナス・トラックでもあった。アメリカでのブレイクを狙ったのだが空振り。Bow Wow Wowの元ベーシストが関わったSoHoのシングル『Hippiechick』が、イントロで「How Soon Is Now?」をサンプリングしています。

これはオマケ...
Smash!!
これはあくまでも噂ですがSmash!!は、タトゥーとの関係が取りざたされているロシアのアイドル・ボーイズ・デュオ。所属レーベルもタトゥーと同じUniversal Russia。メンバーのVladとセルゲイ(Sergey)は、ジュリアとレナが在籍していたキッズ・グループNeposediのメンバーとして一緒に活動してました。

Smash!!

ロシア語の日本語表記には、いまいち自信がありませんので、読み方間違っていたら、ご指摘ください。