「『十種香』の八重劇姫は、とにかく動かない。それが役者にとっては難しいんです。サワリやクドキの部分で思い切り動けるなら動いた方がずっと楽(笑)。八重垣姫は(御殿の舞台の)二重のなかに居っぱなしでしょ。その範囲で自分の想いを身振り手振りで表現する。基は人形浄瑠璃ですから、人形の代わりに糸に乗って動くわけですが、これが辛い。義太夫も良い語り手だといいけれど、そうでないときついですしね」(時蔵さん)。
この八重垣姫には実は「型」が何種類もあるという。
「最近はほとんど歌右衛門型でしょう。私も十六のときに歌右衛門のおじさんに手とり足とり教わりました。父も祖父も八重垣姫は勤めておりませんしね(三代目、四代目の中村時蔵)。おじさんのお宅の仏間のちょうど仏壇の前に座って、『十種香』の八重垣姫のように拝みながら、ほんとうにこまごまと教えてくださいましたね」
真っ赤でな縫いの着物を着るため、歌舞伎の深窓の令嬢たちは総称して「赤姫」(あかひめ)と呼ばれる。吹き輪と呼ばれる鬘に銀の花櫛のつき、こちらもビラビラと豪華なもの。勝頼はは鮮やかな濃紫の長裃に、前髪をつけた美しい若衆の鬘。そして濡衣は漆黒着付けで文金の鬘。
この三人が揃うと舞台は目の覚めるような豪華さだ。衣裳や舞台の華やかさ・・・これは歌舞伎の時代物のジャンルの最大の魅力だろう。
そして、その色使いや衣裳のスタイルが、社会的ポジションから人間性まで一目で分かるように表現しているのも歌舞伎の面白いところだ。
「(黒い着付けの)腰元の濡衣は、ちょっと女スパイみたいでしょう? 濡衣は2度勤めていますが、こちらはやっていても面白いし狂言回しみたいで楽しいんです(笑)。
一方八重垣姫は、お姫様ですからね。袖から素肌の手が見えちゃいけない。お箸より重いものもったことないんです。袂を扱って気持ちも表す。この袂の扱いがまた難しいですね」。
八重垣姫の赤い袂が、この『十種香』では実によく動く。香を焚き、拝み、柱に巻きつけて恋心を表す。まるで生き物のように、多弁なのだ。全身の動きが少ないのに、袂の動きの華麗さで姫の熱ーいパッションが表現されているようだ。
「義太夫狂言は女形の基本中の基本です」 |