子供の頃、わたしは「葡萄酒」と「ワイン」はまったく別ものだと思っていました。聖書や時代小説に出てくる葡萄酒は、甘くておいしい紫色の果実から作られるのだから、きっとその色はアメシストのようにスウィートなパープル、と想像していたのです。酒好きな『三銃士』たちがぐいぐいとあおる葡萄酒は、いかにもフルーティでおいしそうな感じがしたものです。
ところがあるときレストランで、父が「今日は気分がいいから葡萄酒でももらおうか」と言ったところ、給仕は「ワインでございますね」とわざわざ言い換えて(いやな感じ!)赤ワインを持ってきました。その色は……アメシストではなく、むしろ黒っぽいガーネットではありませんか。紫の美酒への憧れが打ち砕かれて、わたしはすっかりしょげかえりました。
▲《フレッド》
星形にカットしたアメシストが印象的な「スター」コレクション。
18Kホワイトゴールド/ダイヤモンド/アメシスト
リング¥540,000、イヤリング¥880,000、ペンダントトップ¥580,000
■お問い合わせは、フレッド銀座店 電話03-3569-3090
WEBサイトは、www.fred-paris.com
しょげた子供は、もうひとりいるようです。それは『赤毛のアン』の主人公、アン・シャーリー。彼女はダイヤモンドが想像していた通りの色をしていなかったために、がっかりして泣いてしまいました。
「紫水晶って、ただ美しいというほかないわ。あたしが考えていたダイヤモンドとおなじだわ。ずっと前、まだ一度もダイヤモンドを見たことがなかったときに、あたし、本で読んで、どんなものか想像してみて、きっと美しい、ぼうっと光る紫色の石だろうと思ったの。ある日、女の人の指輪にほんとのダイヤモンドを見たとき、あたしがっかりして泣いてしまったの。もちろん、とても美しいにはちがいないけれど、あたしの考えていたダイヤモンドみたいじゃなかったのですもの」(村岡花子訳/新潮文庫)
ここでアンがうっとりと見惚れているのは、彼女の養い親、マリラが大切にしている紫水晶(アメシスト)のブローチ。マリラの母親の遺髪をひとふさ中央に納め、その周囲を極上のアメシストが取り巻いたデザインです。物語の舞台は19世紀後期。この頃、故人の髪の毛を仕込んだ「ヘアジュエリー」は、べつだん悪趣味でも何でもなく、亡き人を偲ぶセンチメンタルな装身具として一般的でした。
「なんてりっぱなブローチでしょう(It's a perfectly elegant brooch.)」アンはブローチを手にとり、こうたたみかけます。「紫水晶って、おとなしいすみれたちの魂だと思わない?(Do you think amethysts can be the souls of good violets?)」。夢見がちな“アン節”スロットル全開のワンシーンです。