受験業界に30年近くいる筆者が接してきた生徒・保護者がよく誤解していた受験に関する思い込みについて、正しい知識とともに解説していきます。
1. 倍率の高さ=受かりにくさではない
受験にかかわる倍率には「応募倍率(出願倍率)」「受験倍率」「実質倍率」の3種類があり、同じ受験であっても、それぞれの倍率は異なります。「応募倍率(出願倍率)」とは、「応募者数÷募集定員」で導き出される、定員に対してどのぐらいの人が出願したのかという倍率です。また「受験倍率」とは、「受験者数÷募集定員」です。そして「実質倍率」とは、「実受験者÷合格者数」なので、その名の通り実際に受験をした人のうち、どれだけの人が合格したのかという倍率です。
極端な例を挙げますと、栄東中の東大特待Iの2022年入試の「応募倍率」は、なんと47.6倍でした。でも、入試後に判明した「実質倍率」は2.2倍だったのです。その他、巣鴨中の算数選抜の応募倍率は29.6倍、実質倍率は2.3倍でした。
中学受験では複数校を併願受験する人が多いため、入試当日になると合格をすでに手にした受験生が欠席するなどして、大幅に受験者が減る学校もあります。高校入試でも私立は、応募倍率が非常に高くても、受験倍率はそこまでではないケースが多くなっています。このように「応募倍率」に惑わされないことを知っておく必要があります。
また公立高校入試には、「志願先変更」というルールを設けている都道府県が多くあります。例えば1都3県では、千葉の前期を除き、希望する人は1回だけ、すでに提出した受験校の応募先を変えることができるのです。その際、応募倍率を見て「この倍率ではA校は厳しいから、同レベルのB校に変更しよう」と判断すると、裏目に出がちです。なぜなら、みなが同じように応募倍率を見て動くからです。志望先変更後の応募倍率を見ると、A校とB校の倍率が逆転していた、というようなことはよくあるのです。
倍率を見ただけで、合格しやすいかを判断できないもうひとつの理由は、受験は競う人数の多さよりも、競う相手によって合格の可能性が左右されるからです。いくら高倍率でも恐れる必要はありません。逆に、いくら低倍率でも不合格になり得るのです。
なかには倍率0.9倍というように、1.0倍未満の倍率の学校もあります。でも、「これって、受ければ受かるということだよね」と考えてはいけません。1.0倍未満の倍率の学校も、入試の点数によって、「1科目でも30点を切ったら不合格」などの不合格基準を設けているケースが多いからです。いくら募集定員割れするといっても、あまりに学力差がある子が入学すると、授業についていけないからです。
ということで、倍率に惑わされずに「行きたい学校を選ぶ」「得点力を上げる」という2つを軸に、受験に挑んでもらえたらと思います。
2. 「安全校」「滑り止め」は存在しない
受験の世界には「安全校」という言葉があります。直近の模試の偏差値よりも、5ポイント以上下の偏差値の学校のことです。「滑り止め」という言い方も一般的ですね。模試で志望校より5ポイントを超える偏差値を取ると、合格可能性80%以上の判定が出ます。しかし「80%以上の合格判定ならまず受かるだろう」と思っていると、予想外の結果になることもあるのです。合格率80%という数字を見て、「5回受けたら4回は合格できる」と思っていませんか? 80%の合格率とは、過去その偏差値で5人受けた人のうち4人が合格したというデータです。不合格になる人は、何回受験しても不合格になってしまいます。逆に合格することができる人は、何回受験しても合格できます。
では、合格可能性80%で合格できる人と、不合格になる人の違いはどこにあるのでしょうか。ひとつは入試問題との相性、もうひとつは80%の合格率という成績が出てから入試までに高めた学力にあります。入試前の最後の模試から学力を高めて、結果に現れない偏差値を高めた受験生と、あまり学力を上げられずに入試日を迎えた受験生とでは、結果に差が出るのは当然です。
またそもそも受験は、特にまだ幼い小学生である中学受験は、「この子がこの学校に受からなかったら他に誰が受かる?」と講師たちが思うような子でも、まさかの不合格ということがあるのです。風邪を引いて頭が働かなかった、お腹が痛くなってしまった、集中しすぎて時計を確認し忘れて時間配分に失敗した、座席のすぐ隣にヒーターがあって暑くて仕方なかったなど、入試では想定外のことが起こるものなんです。そのため安全校の入試であっても不合格はあるものと想定して、もし安全校に不合格したらどうするか、というところまで受験プランを考えておくことをおすすめします。
そもそも筆者は「安全校」や「滑り止め」という言い方があまり好きではありません。その安全校とか滑り止めに進学する可能性もあるわけです。「『安全校』『滑り止め』に通っているんだ……」と思って通学するのでは、前向きな気持ちになりづらいですよね。ですから、受験校は「第一志望」「第二志望」と呼んだ方がいいのではないかと思っています。
3. 「合否分岐点」の受験者が最も多い
「合否分岐点」というのは、合格者と不合格者の境目となる各科目の入試の合計点のことです。「合格最低点」ということもできます。この合否分岐点、合格最低点に、受験者の得点が集中します。自分が受かりそうなギリギリの偏差値の学校を受験する人が多いですからね。合格最低点を何十点も超えて合格する人や、逆に何十点も下回って不合格になる人は少ないのです。つまり受験では、あと1点取れなかったら不合格、あと1点取れていたら合格という受験生が大量に発生するのです。よくいわれる「1点の重み」です。本番でケアレスミスを減らす対策、テストの制限時間を有効活用する対策、そして入試前日まで悔いのないように勉強を重ねること、それが合否を分けることになります。
4. 受験プランが合否に影響する
受験プランというのは、どの学校をどんな順番で受けるのか、受験校の合否の結果によって、その後に続く受験校をどうするかという計画のことです。「併願パターン」という言い方も一般的ですね。私立は、学校ごとに受験日が異なります。同じ学校でも2回、3回と複数回受験日を設けている学校もあります。それら複数校の受験プラン、併願パターンをどう組んでいくかによって、受験の流れが変わってきます。うまく受験プランを組むことができれば合格できたはずの学校も、受験プランのせいで合格できなかったというケースもあります。子どもの力を存分に発揮させるために、どう受験プランを組むかを考えるのは、塾と保護者の重要な役割のひとつです。
たとえば、1回目の入試で不合格になったとします。「もうこの学校より偏差値の高い学校は受かるわけがない」と落ち込む子もいれば、「ここはもともと挑戦で受けた学校だ。本命校の受験まで、今まで以上に気を引き締めて勉強しよう」と腹をくくる子もいます。塾からは、この学校を本命にする場合は、あわせてこの学校を受験するという、本命校に合わせた複数の併願パターンの資料が配られます。でも結局、その提示された併願パターンのどれにするか、どうアレンジするかを決めるのはご家庭です。受験プランはお子さんの性格を一番よくわかっている親御さん、そして、受験する本人であるお子さんで話し合って組んでいきましょう。
どう組んでいくかというコツは、塾に通われていれば面談で具体的に説明してもらえますが、筆者からもプランを組む際の基本的な考えを3つ紹介しておきます。まず1つ目は、できるだけ早い受験日に、合格できる学校を受験しておくこと。実力からすると余裕のある学校であっても、模試ではなく本物の受験で合格をもらえたというのは自信につながるものです。
2つ目は、入試傾向が異なる学校を選びすぎないことです。志望校選びの段階では、視野を広げていろいろな学校を検討すると発見につながります。でも、あまりに入試傾向が異なる学校を複数受験すると、それだけ過去問をやり込む時間がかかってしまいます。可能であれば入試傾向が近い学校を選ぶといいでしょう。もっといえば、別の学校を複数回受けるくらいであれば、複数回入試を設けている同一の学校を複数回受験することをおすすめします。同一校を複数受験することで合否判定の際に加点をしてくれる学校や、受験料を割引してくれる学校もあります。
3つ目は、先に受験した学校の合否によって、後に続く受験校を選択するプランA・プランBを組んでおくことです。もしA校に合格できたら次に受験する学校はB校とC校だけど、もしA校が不合格だったら次に受験する学校はD校とE校……というように、特定の学校の合否によって、その後に受ける学校の選択が枝分かれしていくプランをシミュレートしておくのです。前述したように「安全校」は存在しません。最悪のシナリオを想定してプランを考えておくことで、入試期に慌てずにすみます。
ちなみに受験校を検討する際は、合格可能性80%偏差値の表だけでなく、あわせて合格可能性50%偏差値の表も見ましょう。なぜかというと、学校によって、合格可能性80%偏差値と合格可能性50%偏差値が1ポイントしか差がない学校もあれば、5ポイントも差がある学校もあるからです。80%偏差値が同じポイントの学校であっても、50%偏差値表を見ると差があることが多いです。偏差値は80%偏差値だけでなく、50%偏差値でも確認することで、偏差値の幅を確認することができます。偏差値の幅が広いほど、合格できる可能性も高い傾向にあるということです。
5. メンタルが合否を左右する
受験で試されるのは、学力だけではありません。解けそうな問題を素早く見つけて素早く解くといった要領も試されます。でも、学力と要領があっても、受験に合格できないことがあるのです。受験はメンタルによっても結果が左右されます。高校受験は15歳、中学受験はまだ12歳ですから、受験時の精神状態によっては、これまで培った学力と要領を生かすことができなくなってしまうのです。そこで、4番目にお伝えしたような受験プラン、併願パターンが大事になってきます。お子さんに合った併願パターンを組めば、いい精神状態で受験を進めることができますからね。
また筆者は、受験前最後に生徒に話す機会の壮行会では「今日まで勉強してきて得られたことは、受験に役立つ知識やテクニックだけでない」ということを伝えています。自分に合った勉強の仕方や、できないことができるようになった達成感と自信、学ぶことで広がった視野や価値観、目標に向かって努力をする経験、受験を応援してくれる家族がいること。
こうした大事なものは、入試でたとえ不合格になっても失われないし、今後の人生に生かすことができるということをいつも話しています。保護者の方々も、ご自身の言葉で、お子さんに気持ちを伝えていただければと思います。
ということで、受験について多くの方が誤解しがちなことをお伝えしました。入試が近づいてきたら、正しい知識をもとに、わが子が良い精神状態で受験を迎えられるようにサポートしてあげられるといいですね。