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記事一覧
『完本 1976年のアントニオ猪木』を語れ(2)
ガイド記事川頭 広卓【写真】柳澤さんが見せてくれた、本書には載っていない貴重な資料=1976年から3年後、1979年6月17日のパキスタンタイムズだ。体格に勝るズベールは猪木を圧倒するものの、ガマ一族の再興が実現することはなかった――“猪木に根こそぎ否定されたら”という恐怖――『完本1976年のアントニオ猪木』が出版さ...続きを読む
『完本 1976年のアントニオ猪木』を語れ
ガイド記事川頭 広卓"完本――"は"プロレス入門書"?柳澤健インタビュー『完本1976年のアントニオ猪木』が出版された。語りつくせぬ、その魅力を著者・柳澤健さんに聞いた――。日本プロレス界の行く先を決定付けた運命の1年。それは、アントニオ猪木がウィリエム・ルスカと行った異種格闘戦と、モハメッド・アリ、パク・ソンナン、ア...続きを読む
夢を叶えたプロレス・アナウンサー(1)
ガイド記事川頭 広卓"猪木王国"ではない"レッスルキングダム"確立へ現在は幼少より恋焦がれた新日本プロレスを筆頭に、数々のプロレス&格闘技イベントの実況解説を務める清野茂樹アナ(C)ShigekiKiyonoこんな時代だからこそ、一途に夢を追い求め、考え、工夫し、行動した男の言葉を届けたい――。フリーアナウンサー・清野...続きを読む
藤原喜明 ロングインタビュー(3)
ガイド記事川頭 広卓「俺なんか猪木さん、ゴッチさんに洗脳されてんだ」[写真]事務所に飾られた藤原喜明の肖像写真。若き日より変らぬ、その肉体の充実ぶりは絶え間なく続けられた鍛錬によるもの(C)kawazu【インタビュー前号はコチラ】――藤原教室というものが始まったきっかけというのは?「一番最初に練習してたのは、俺と佐山だ...続きを読む
藤原喜明 ロングインタビュー(2)
ガイド記事川頭 広卓「道場破りと対戦すんのも俺しか残らない」【インタビュー前号はコチラ】――藤原さんといえば、入門されてからデビューまでが異様に早かったんですよね。「2日に入門して12日にデビューだもん。しかも第3試合だったかな?」――10日ですか!?異例のスピードですよね。入門されてから、実力で周囲を分からせたという...続きを読む
藤原喜明 ロングインタビュー(1)
ガイド記事川頭 広卓「レスラーってさ、やっぱり強いのは当たり前」藤原喜明インタビューを実施した日は、偶然にも藤原のデビュー36年となる11月12日だった(C)kawazu“テロリスト”藤原喜明。アントニオ猪木、カール・ゴッチを師と仰ぎ、時にレスラーとして、時に用心棒として、時に道場の守り主として、新日本プロレスからUW...続きを読む
[序]プロレスの"強い弱い"と"うまいへた"
ガイド記事川頭 広卓プロレスファンの常識も素人には非常識[序論]プロレスは難しい。他のスポーツ競技とは違い、単純な勝ち負けでは括れない幾つもの評価指標が存在するからだ。もちろん、世のスポーツ競技において、勝敗を超えた試合内容にスポットが当たるケースは無数にある。だが、どんな名勝負が行われたとしても、その根底にある“試合...続きを読む
"プレイボーイ・カバーガール"マリアに聞く
ガイド記事川頭 広卓2008年大ブレイク!ディーバの王道を歩む、マリア2008年はマレラとの絡みやPB誌でヌードを披露、レッスルマニアにも出場を果たし大活躍中のマリア(C)kawazu9月7日(日)品川ステラボールでは、WWEジャパンが主催する『WWESummerSlamTokyoViewingParty2008』が行...続きを読む
WWEディーバに聞く "異色の経歴"ビクトリア
ガイド記事川頭 広卓医療の道からディーバへ、ビクトリアに聞くかつて、父親が日本の米軍基地に駐在していたというビクトリアは、日本を第二の故郷と呼んだ(C)kawazu9月7日(日)品川ステラボールでは、WWEジャパンが主催する『WWESummerSlamTokyoViewingParty2008』が行われた。約500人の...続きを読む
真夏の両国3連戦、プロレスで話そう(2)
ガイド記事川頭 広卓新日本プロレスG1両国大会で話そう照明部にビジョンが設置された新日G1両国2Days。16日は集客こそ苦戦していたが、その熱気はさすが(C)kawazu8月15日にはIGFが、16、17日には新日本プロレスが、それぞれ両国国技館を舞台にビッグマッチを開催した。“真夏の両国3連戦、プロレスで話そう”続...続きを読む