夫婦編:「年金負け組」のストーリー
私の名前は中村忠司(仮名)、40歳。子ども2人で2年前に住宅ローンを組んだばかりだ。妻ちひろ(38歳)は専業主婦。私の家庭では下の子が中学生になった頃をみはからって、妻も働くことにした。少しでも貯金を貯めて学費の準備に少しでも役立てようというわけだ。とはいえ、妻が稼ぎすぎると損をするとよく言う。我が社の配偶者手当もなくなるし、健康保険の被扶養配偶者にもなれない。年金保険料を納めるのも避けたいし、税金の配偶者控除も受けたい。そこで、妻にはパートで働いてもらうことにした。どこでもやっているように、妻の年収を103万円を超えないように勤務時間を抑えたりするわけだ。
私の勤め先は景気が傾き始めてからあまり年収が増えなくなってしまったが、妻のパートの甲斐があって、何とか子供ふたりとも大学を卒業させてあげることができた。もちろん住宅ローンも一度も支払い遅れなく返済ができた。子どもが大学に入学したときはちょっとやりくりに苦労したが、貯金がマイナスにならずにはすんだ。
60歳の定年退職に達したとき、住宅ローンは数百万円残っていたが、これは退職金で精算した。さあこれで、長い会社勤めもおしまい、これでようやく悠々自適の老後が来たと思ったものだ。ところが、私たち夫婦の見込みは甘かった。国の年金は65歳までゼロ円なのにもかかわらず、うかつにも私は会社を60歳でサヨナラしてしまったのだ。再就職先は見つからず、65歳になるころには、残った退職金と手元の預貯金の残高はほとんどゼロになっていたのだ。
また、年金額もあまり出ないのが痛かった。妻は長年働いていたが、パートであったために専業主婦だったときと変わらない国民年金(基礎年金)のみ。私が受ける厚生年金と合わせて夫婦ふたりで毎月23万円程度(2004年度の水準で)しかもらえない年金生活になってしまったのだ。
これでは毎月の生活費をやりくりするのがやっと。2ヵ月に1度振り込まれる国の年金収入をクビを長くして待つ日々が続いている。まだ若い子どもたちに私たちを養ってもらうわけにはいかない。年金が振り込まれた翌日に、ふたりでファミレスで2500円ほど使って食事をするのが唯一の贅沢だなんて……
>>今度は「年金勝ち組」のストーリーを見てみましょう!