冷水
「あなた正気なのっ?!」
良子の怒鳴り声にも近い声に、美咲のほろ酔い気分は一気に醒めてしまった。
「あなたってほんと世間知らずなんだから。ロンドンになんて、ひとりで行かせるんじゃなかったわ。まさか、犯罪に巻き込まれるなんて……」
美咲には、良子の言っている意味がよく分からなかった。
「だから、単なる詐欺師なのよ、その男は!」
反論しようとする美咲をさえぎって、良子が聞いてきた。
「あなたまさか、その男にお金を渡したりしてないわよね?」
美咲は、答えることができなかった。受け取ろうとしないアレックスのポケットに、半ば押し込むようにして、数百ポンドのお札を入れてしまっていたのだ。
電話を切ると、急に虚しさが押しよせてきた。コベント・ガーデンでのウィンドウ・ショッピング、大英博物館での会話。すべてが、計算された手口だったとは……。
ホテルのベッドに身を投げ出した美咲は、いつまでも肩を震わせていた。涙が止まらなかった。そのとき、美咲はあることを思い出した。
「明日、ポートベロー・マーケットで会いましょう」
アレックスは確かにそう言った。なかなか帰りたがらない美咲をなだめるように、「ポートベローへ来てくれれば、また会えるから」、とアレックスは言ったのだ。
ポートベローに行ったとしても、良子が言うように、アレックスが詐欺師なら、彼は現れないだろう。そうなったら、自分がもっと傷つくような気がした。でも、このまま日本に帰ってしまったら、幻想にしがみつくことはできても、真実を確かめることは二度とできない。美咲は、気持ちの整理をつけることができなかった。
「わたしは、どうすればいいの……」