ゆっくりと酒を堪能できる、エグゼクティブのための宿。
霏々と降る 雪の中なり 朝里川
バー「クラルテ」は、食事のウェイティングに、湯上りの余韻を楽しみに、気楽に立ち寄れる。 |
投宿した客人が絶賛してやまない「完熟梅酒」を食前酒として始めた今宵も、しんしんと光庭に降る雪を眺めながら舐めるニッカ「竹鶴12年」ピュアモルトで、おおかたの仕上げ。湯上がりに着込んだ泥染めの奄美紬の作務衣も体に馴染み、日々のストレスが一気に抜けていく瞬間だ。
数々の隠れ宿を手がける建築家、中山眞琴が設計に携わったことから、北海道でのデザイナーズ旅館の先駆けとして知られる「小樽旅亭 蔵群」も、02年の開業から数年が経ち、知る人ぞ知る名宿となった。現在では、海外のスペシャルVIPも逗留する。
隠れ宿と簡単に言うが、競争の激しい本州では、「至福のアロマボディトリートメントでセレブ気分」なんてコピーに惹かれた若いカップルや女性グループに占領されてしまった感もない。もちろんそれも悪くないが、ビジネスで親しくなった客人や世話になった恩師と男同士、あるいは、例えば言葉を交わさなくとも時間を共有するだけで意思が通じる女性と、大人だけのエグゼクティブな時間を過ごしたい。そんな時、実に重宝する一軒である。
蔵群の延長線上には日本にはまだない「会員制旅館」というコンセプトが見え隠れする。
蔵群の真髄は、主人、眞田俊之のポリシーに凝縮される。
看板のかからない玄関。他の客の視線が重ならない個室レストラン。グラスを持ち込んでひと時を過ごせる禁煙のラウンジやライブラリー。懐かしいジャズレーベル。かけ流しの温泉。雪が舞い落ちる光庭・・・。
そして、日本では珍しい、年中一律の「オールインクルーシブ」料金。
食事のときの、バーやラウンジの、あるいは、部屋の冷蔵庫の「ドリンクやフードは全て宿泊料金に包含」されているのである。もちろん、我を失うほど飲みあかすような幼い輩はこの宿には来ないので、常にゆったりとした時間が流れている。
そのポリシーは、冷蔵庫の一本800円の瓶ビールや団体客や女性客で儲けを企む、これまでの日本旅館が反面教師にもなっている。