節分行事を催す数多くの神社仏閣の中でも
大阪・平野の全興寺は一味も二味もちがいます

全興寺境内にある「鬼の案内板」。右手は「ほとけのくに」を指差して、左手に持った棍棒には「地獄堂」という案内が・・・。
2月3日といえば節分です。京都の八坂神社や壬生寺廬山寺兵庫県・長田神社の古式追儺式や「福は内、鬼も内」という掛け声でも有名な奈良県・金峯山寺の節分会など、長く日本文化の中心地だった関西圏では古式ゆかしい節分行事が数多く開催されますが、今回のガイド記事では大阪・平野区にある「全興寺」(せんこうじ)の節分をクローズアップします。

全興寺は今から1300年前に聖徳太子が建立した薬師堂を由来とする由緒正しい寺院ですが、「小さな駄菓子屋さん博物館」や「地獄堂」「ほとけのくに」「おも路地」「だがし屋広場」といったユニークなイベントや催しが連日行われていて一向に飽きさせません。それではさっそく「おもろいてら 全興寺」の魅力を色々とご紹介していきましょう。

昔懐かしい下町風情の商店街から本堂へ

商店街のアーケードを歩いていると天井に現れる巨大な「招福」の赤提灯が全興寺の目印です。
全興寺は下町風情が色濃く残る平野本町通商店街(JR平野駅、大阪市営地下鉄平野駅から徒歩15分)のアーケードの中にあります。境内入口には全興寺の由来を記した看板がありますが、なにやら奇妙な印象を抱かせるのが「ウソのつくと舌を抜くぞ」という三つ目の鬼の看板。初めて全興寺を参詣する方は一瞬たじろぎを覚えるそうですが、地元の参詣客は見慣れているのか、とくに気にもとめずに次々と境内へと入っていきます。

全興寺の本堂です。本尊・薬師如来さまが納められています。節分のさいの厄除けの護摩祈祷もこちらで行われます。
境内に入って一願不動尊、受付所を経ると左手に本堂が見えて、まずはこちらで参詣をすませます。この本堂は1615年に大阪夏の陣で一部焼失したものを1661年に再建したもの。幾度も戦災にあっている大阪市内では400年を超える木造建築物というのは非常に稀で貴重です。また全興寺の節分のさいの開運厄よけ護摩祈祷(祈祷料・別祈祷1000円、特別祈祷2000円)はこの本堂で行われます。当日にはお多福さん開運袋と福豆授与などもありますので、今年1年の開運厄除けに参詣しましょう。

「小さな駄菓子屋さん博物館」で懐かしむ

「小さな駄菓子屋さん博物館」です。家族連れの参詣客や地元の子供たちがひっきりなしに訪れます。
本堂でお参りを済ませたあとにガイドが向かったのが本堂の西側にある「小さな駄菓子屋さん博物館」(開館日は土曜・日曜・祝日の9時~17時まで。平日は閲覧不可ですのでご注意を)。「昭和20年代~30年代の駄菓子屋さん」をコンセプトにしていて、中には400種類以上もの駄菓子のおまけ玩具などが所狭しと陳列されています。よく見ると「手絞りの電気洗濯機」や「木製の冷蔵庫」「白黒テレビ」なども置いてあって昭和レトロな雰囲気に郷愁を覚えますが、中でも珍しいのが「手打ちのパチンコ台」。

こちらは昭和25年当時に使用されていたもので、なんと現在でも稼動中!実際にパチンコを打つことも可能です(しかも無料で。これも嬉しい趣向です)。参詣客には大人気でガイドが見ている最中でもひっきりなしに子供たちがワイワイと遊んでいました。

古電話を再利用したのが、この「平野の音博物館」。CDが内蔵されていて100トラックもの平野の音を楽しむことができます。世界でも珍しい「音風景の博物館」です。
また「のぞいてごらん」という暖簾をくぐると、昭和25年当時(テレビも電気炊飯器もない時代)の居間が覗ける「駄菓子屋のおばあちゃんの部屋」や、昭和初期の古電話の利用して平野の昔話や、夏祭のだんじり囃子などが視聴できる「平野の音博物館」などもあって一向に飽きさせません。

ちなみにこの「小さな駄菓子屋さん博物館」は、平野区の有志の皆さんによる「平野の町づくりを考える会」が1993年から取り組んでいるミニ博物館運動によるもので、この他にも「平野映像資料館」や「新聞屋さん博物館」といった15館ものミニ博物館が平野区全域で展示されています。基本的には毎月第4日曜日(博物館によって開館日時は異なるので要注意)に開館していますので、こちらの公式サイトをチェックしてミニ博物館巡りにおでかけしてみてください。

次ページではいよいよ全興寺の名物スポット「地獄堂」と「ほとけのくに」をご紹介します。

1p 「本堂」「小さな駄菓子屋さん博物館」を巡る
2p 「地獄堂」「ほとけのくに」「涅槃堂」を巡る
3p 「おも路地」「門前茶屋おもろ庵」を巡る
4p 「全興寺」スナップ集vol.1
5p 「全興寺」スナップ集vol.2