体が動かない
M本さんは、何も言うこともできず、体を動かすこともできません。すると、女はそっと足音をたてないように、キッチンの方に歩いていき、玄関のドアを開けて静かに出ていったのです。(夢か、まぼろしか?)眉間をしかめたまま目をギュッと閉じて、回らない頭で一所懸命考えました。(今のは何だ? 女だった。知らない女だ。何をしようとしていたんだ? そうだ、財布を盗ろうとしていたんだ。しかし、何で知らない女がオレの部屋にいるんだ?)
(ごめんね、ってのは、財布を盗もうとしたことを謝ったのか? そういえば、なんか笑っていたような、というか照れ笑いだったのか? 誰なんだ、いったい? どうやって入ってきたんだ…)
アルコールが醒めないまま、しばらく布団の中で目を閉じ、じっとしていました。恐怖だかなんだかわからない感覚が酒の酔いと錯綜して、M本さんはまた眠り込んでしまいました。
翌朝…
毎日同じ時刻に鳴るようにセットしてある目覚まし時計で、ようやく目を覚ましたM本さんは起きあがってトイレに行きました。そして冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取りだして、そのまま口をつけてゴクゴクと飲みました。「ぷはー」唇の下を右手の甲でぬぐいながら左手でボトルを持ったまま、ドアの新聞受けから朝刊を取り出そうとしてハッと手が止まりました。昨日のアレは何だったんだ?
玄関ドアのロックを見ると、かかっていません。ドアノブを回してみるとスッとドアが開きます。カギはどうしたんだ?
オレはカギをかけなかったのか? カギはどこだ?
カギはどこに? |
ホッとしながら、内ポケットの札入れの財布も取り出してみました。千円札が数枚残っているだけでしたが、一万円札は飲み屋で使い切っているはず。カード類もすべてあり、盗まれたわけではないようです。ちょっぴり安心して、布団の上で腕組みをしながら考えてみました。
思い出してみる
どうやってか、一緒に飲んだ仲間と別れて自宅には帰ってきた。カギを自分で開けたと思う。その後は、点々と脱ぎ散らかした靴下やネクタイなどが、足跡を物語っています。洋服を脱いで布団に潜り込んだ。そして、爆睡した。ということは?アレは夢だったのか? いや、確かに女と目が合った。「ごめんね」とつぶやいたのを聞いた。女は財布を盗もうと思ったが、オレが目を覚まして目が合ったので、盗むのをやめて出ていったんだ。なぜ、女がオレの部屋に入ってきたんだ? 見たことのない女だった。いや、暗がりだったので顔はよくわからなかった。つまり…
→危機一髪/届け出はすべき
→→カギをかけ忘れる人々/泥棒さん、いらっしゃい/カギは命を守るカギ