【今月の住まい本】
男と女の家
(宮脇 檀 著:株式会社 新潮社)
/1998年10月30日 発行 定価1100円
「家ってなに?」と聞かれて、ちゃんと考えた上で即答できる人というのは、たとえプロでもそういないのではないかと思う。「住む場所」というだけだったらホテルでも、極端には公園のベンチでもいいわけだし、「家族といる場所」だったら独り暮らしのワンルームマンションは? 「子育てする場所」だったら夫婦で暮らす場合は?
それにつけても、日本の(特に戦後の)住まいは「女の家」だと著者は言う。建築家としての著者による、施主との打ち合わせ場面にも殆ど男の姿はない。建てる住まいへの情熱も要望も女が持っている。そして女の思い通りの家が出来上がる。ささやかに男の意向で造られた書斎は、いずれ物置に変わる。その家に、ローン背負う男の居場所は、ない。
日本の住まいが「女の家」化していった経緯が、豊富な知識と機知に富んだ筆致でとうとうと語られていく。基本に「家」は女性であり、子宮である…という考え方がある反面、家には男もいるのに「花柄電話機カバー」「ピアノの上の博多人形」「結婚式の引き出物の食器」がひしめく家。男を居心地悪くさせる少女趣味なインテリア。著者のボヤキ? 「やれやれ」といった苦笑が滲み出ている。本当に、耳が痛い。
しかし私は「女は」の部分になぜか自分はあてはめず、祖母や母や叔母達などをイメージしてクスクス笑ってしまう。しかし笑っている場合ではない。「もしもの時のための割り箸30人分」をストックしている「女」は、確かに私自身だ!
巻末めったに語られない「男と女の部屋」、寝室に関する項が長く取られている。これがあたたかくも、ざっくばらんでとても心地いい。そういえば私にも覚えがある、営業時代の打ち合わせの席で、施主ご夫婦の寝室の話に移ったときの困惑。設計担当とみょうな早足で話を済ませてしまった。
そう「寝室」はただ眠るための部屋ではない。おとななら分かっていることだけれど、ほんとうは、家作りの席でキッチンやリビングと同じくらいかそれ以上、考えに考え抜いた設え方がなされるべきじゃないか。場合によってはその在り方如何で、夫婦の存亡が左右されるかもしれないのに! 「性」と「プライバシー」。『男と女』が住まう家において、ここに向かい合わないわけにはいかない……
かつて住まいは男優先というか、女の居場所を貶めた(暗く寒い炊事場! 屋外の洗濯場!)ものだった。それが一気に日の目を浴びると同時に、男の居場所は長い通勤の電車内に押しやられた。でも住まいの中に男と女が同居する以上、そこは等分に、男と女それぞれにとって居心地のいい場所にならなければいけない。
読み終わってみればごくごく、当たり前のことしか著者は言っていない気もする。しかしその「当たり前」を私たちは目先の損得や見てくれの良さなどでつい忘れてしまう。そして後から「しまった」と思う。「しまった」と思う前に、ふたりでよく考えなさいよとやさしく著者は諭す。
それにしても、著者がすでに故人であることが心の底から悔しい。残念だ。あらゆる「これから住まいをつくりたい」と思う『男と女』が、きっと、そう思うはずだ。
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