スローライフを求めてハワイへの移住を決意。

内田佐知子とケビン
ご主人のケビンとツーショット。日本人の母を持つ彼とは、東京に仕事に来ていた時に紹介で知り合った。
半年の休養の後、またDJへの復帰を決意すると、営業をしたわけでもないのに次から次へと複数の仕事が決定。彼女なりに運命を感じ、その後はまた気持ちを新たにDJとライターの生活を続けました。

それから数年して出会ったのが、日本人の母を持つアメリカ人のケビンさん。2000年には、病気で余命数カ月という状態の彼の父親に晴れの姿を見せる意味もあり、アメリカと日本の中間であるハワイで結婚式を行うことになりました。

「ハワイは母と一緒に遊びに来てから気に入って、友だちとも来たりしていたリピーターだったりしたのですが、この時のハワイはまた格別で、こんな場所で生活できたらいいね、なんて、ふたりで言ったりしていたんですよ(笑)。」

しかしそれが現実になる運命の瞬間が3年後に訪れたのです。

「2003年のクリスマスの頃、ある占い師さんに見てもらったら、あなたがハワイの家で、庭の手入れをしている姿が見えます、と言われたんです。その時、自分がそういう生活に心から憧れていることに、ふと気づいたんですね。」

その数日後、実家のお父さんが電話をしてきて、大事な事で話がしたいからと夫婦で呼ばれました。そこで内田さんはわが耳を疑います。

「何の前触れもなく父が、お前たちも、そろそろ海外で仕事をしながら暮らしてみる気はないか、と聞いてきたんです。さらに、ハワイのような暖かいところなら、自分たちも遊びに行けるしと言われた時に、先日の占いが鮮明に思い出されて、鳥肌が立つくらいに驚きました。」

海外で第二の人生……。アメリカ人と結婚し、永住権はいつでも取れる状態の彼女ですから、ご両親とも相談しながら早速、ハワイへの移住計画を進め始めました。

「幸いにも全員が気に入った家が見つかり、2004年の4月には契約を済ませました。私はラジオの生番組があったものですから、シーズンが終わる9月までは身動きが取れません。そこで年内いっぱいくらいは人に貸して運用してもらうことにしました。」

9月ですべての番組を終了すると、彼女はご主人とともに移住の準備で大わらわ。永住権の申請をしたり、荷物の整理をしたり、たくさんの仕事の知り合いに挨拶をしたり……。たいへんな思いをしながら、ようやくハワイの地を踏んだのは、12月3日のこと。34歳を目前にしてのハワイ移住でした。

都会と田舎暮らしとのギャップに「カルチャーショック」

内田佐知子さんの移住一軒目
「最初に住んだ一軒家は人里離れた場所で、寂しすぎました」と内田さん。広い庭はお気に入りだったそうです。
ハワイでの新生活は、彼女が想像していた以上にたいへんなものでした。身体に染み付いた日本のシステムとは違うため、様々なことが思うように行かずに混乱してばかり。しかし日米の文化差以上に彼女を苦しめたのは、都会暮らしと田舎暮らしとの大きなギャップでした。

「ワイキキに住んだのであれば、それほどの落差はなかったのかもしれませんが、私たちの家は、カラマ・バレーといって、ハナウマ湾のさらに先。サンディ・ビーチの方なのです。バスも、ワイキキに行くのは1時間に1本しかありませんし、どこへ行くにも、徒歩では1時間以上もかかってしまうほど、孤立した場所でした。」

夜中だろうが明け方だろうが、近所のコンビニに行けば何でも用が足せた都会生活と異なり、通勤圏内と確証をもらった場所ではありますが、それは車があってのこと。車なしでは身動きも取れないことが初めて分かり、愕然としてしまいました。

「日本のように自転車があれば、それなりに何とかなるかもと思って、格安で手に入れたのですが、一番近いショッピング・モールまで行くのに、片道30分もかかる始末。しかもハワイは車主体の道路作りで、自転車が安全に走れる環境がないこともだんだんと分かってきました。今までに体験したことがないような生活になってきてしまい、ペースも分からず、もうパニックでした(苦笑)。」

情報や選択が豊富にあった東京とは比較にならない小さな島の暮らしは、閉塞感に絶望的な気分になってしまうこともあったのです。このホームシックならぬ「東京シック」には、悩まされ続けたそうです。ご主人はひと足先に、ツアー会社のバス・ドライバーという仕事を見つけて楽しそうに働き始め、ほとんど家にいない状態。広い家で、ひとりポツンと取り残され、精神的にはつらい時期だったようです。

「かつて、東京ではいかにたくさんの『情報』に囲まれて暮らしていたか、情報の流通量が極端に少ないハワイに来てから思い知らされました。そして、その情報をいかに自分が楽しみ、必要としていたのか、痛切に分かるようにもなったんですね。」

まるで酸素を求めて水面で口をパクパクする魚みたいに、彼女も情報を渇望し、息苦しいほどにさえ感じていたのでした。

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