
誰でも、人生においては思い通りにいかない時期もある。自分でも意外だったり予想もしなかったりすることなどは、いつでも起こりうるのだ。本当に困ったとき、思わず頼ってしまうのが身内。ところが、一番頼りにならないのも、実は身内かもしれない。
過干渉だった母
「大学を出て就職した会社は仕事もおもしろかったし、同僚や先輩、上司にも恵まれました。3年後には実家を出て一人暮らしを始めたんです。というのも私は母親と折り合いが悪くて。過干渉というのか、自分の夢を私に託すようなところがあって早く家を出たかったんですが、ちゃんと準備してからと思って3年は我慢しました」
アキさん(40歳)は当時、実家からなるべく遠いところを選んで越した。母には最寄り駅は伝えたが、自宅の鍵も渡さなかった。黙って見守り続けてくれた父には住所を伝えていた。ところがその父は3年後に亡くなった。
「父とは時々外で食事をしていました。仕事のことや母のことなど、父はいつもじっくり聞いてくれた。『お母さんとはもう距離が離れたのだから、気にしなくていい。お母さんにも娘を構い過ぎるなと言ってある』と言ってくれて。いい父でしたから、急に寂しくなりました」
ところが母は、父がいなくなっても、さほど寂しくはなさそうだった。パート仕事を続けながら、一人暮らしを楽しむようになっていた。アキさんには4歳離れた弟がいるのだが、弟は「実家に遊びに行こうと思ったら、おふくろに拒否された」と苦笑することもあったという。
「それでも母は事あるごとに『早く結婚くらいしなさいよ』『私も孫の顔が見たい』『子どもを産まないのは女としてダメ』と、私を傷つけるようなことばかり言う。私は結婚する気がなかったので、別に結婚しなくてもいいと思っていると言ったら、『誰かに選ばれることを諦めた?』と言われて激怒したこともありました」
疲れ果てたときに母が……
それでも33歳のとき、心惹かれる人ができて結婚した。これでようやく母の圧から逃れられた。そう思っていたのだが、夫となった人は母に輪をかけて辛辣(しんらつ)なタイプだった。
「結婚前は感じなかったんですが、結婚してからいろいろな価値観が違うと分かっていったんです。基本的に女は男より下だと思っているのが、言葉の端々から伝わってくる。理屈として男尊女卑はいけないと思っているんでしょうけど、あるとき気が緩んだのか、『もらってやったのに』と私との結婚を称したことがあったんです。衝撃でしたね。しかも私は『おまえ』と言われたくないと結婚前から言っていたのに、半年もたたないうちに『おい』とか『おまえ』とか言われるようになって、それがとても嫌でした」
そういったことが積み重なって36歳のときに離婚した。その後、勤務先が他社と合併し、職場の環境と人間関係が激変、彼女はついにメンタルをやられて休職してしまう。
結局、1年後に追い込まれるように退職した。激変した環境についていけなかったことで、彼女はさらに病んでいった。
「母には内緒にしていたんですが、あるときバレてしまって。そうしたら『帰ってくればいいじゃないの』と一言。自分が弱っていたこともあって、思わずその言葉に縋ってしまったんです。家賃がかからないから、アルバイトでもやっていけると」
母が男性を連れて帰ってきて
自分のことは自分でやる、互いに干渉しないという条件を出して、彼女は実家に戻った。すぐにアルバイトを始めたのだが、最初の約束はどこへやら、母はやたらと干渉してくる。しかも「あんたの方が働いてないのだから、家事はやってよね」と掃除や洗濯を押しつけられた。母は家事全般が苦手なので、「私を家政婦代わりにしたのだと思う」とアキさんは振り返る。
「あるとき母が深夜、男性を連れて帰ってきたんですよ。家で飲み直そうと誘ったみたいで。私は部屋にこもっていましたけど、うるさいし、母の嬌声が聞こえてきて不快でした。翌日、夜中に人を連れてこないでよと言ったら、『あんた、妬んでる?』と。『母親に嫉妬しても仕方がないでしょう。私モテるのよ、再婚するかも』と言うと、そうしたら出て行ってねと言われて、ああ、やっぱり意地でも帰ってこなければよかったと思いました」
母はそのときすでに60代。だが、なぜか男性にはモテたようだ。数週間後には別の男性を家に引き入れているのも分かった。
一番甘えてはいけない人だった
「ただでさえ、娘として母親の“女”の面なんて見たくないのに、これみよがしに男を連れてくる母親はおかしいですよね。しかも嫌なら出ていけといわんばかり。自分で戻ってくればと言ったことなど忘れているかのようです」
つい先月、アキさんは40歳になった。人生折り返し地点、このままでは終わりたくないと本気で思った。母のうっとうしさを見て見ぬふりをしながら、今のうちに自力をつけてなんとか再度、一人でやり直そうと心に決めた。
「助け合えない身内なら、むしろ頼らない方がいい。私もつい甘えてしまいましたが、一番甘えてはいけない人だったと今は思っています」
今はアルバイトを掛け持ちしながら求職活動をしている。出直すにはまだまだ遅くはない。







