
還暦とは、干支(十干十二支)が一巡し、誕生年の干支に還ること。本来は誕生年に60を加えた年、つまり数え61歳のことである。干支が一巡したので、再度、赤ちゃんとして新たなスタートを切るということから、赤いものを身につけて祝う風習がある。つまりは、人生第二章に入ったということなのだろう。
60歳になったからこそ、人生を振り返ることもできるのかもしれない。
子どもはほしかったけれど
「今さらながら自分の人生を否定するわけにはいかないので、子どものいない人生もありだよと言えるけど、本当は子どもがほしかった。ただ、どうしようもないことが人生にはあるんだと思えたのは、悪くはなかったですけど」
少し歯切れの悪い口調でそう言うのは、ユキエさん(61歳)だ。2歳年上の職場の同僚と結婚したのは28歳のときだった。すぐにでも子どもがほしかったと彼女は言う。
「私は母一人子一人で育ったので、大家族に憧れていたんですよ。子どもは最低5人ほしいと言って、夫に笑われました。私は本気だったんですけど」
夫婦とも健康だったから、すぐにでもできると思っていたのだが、2年たっても気配はなかった。ユキエさんは産婦人科から紹介されて大学病院に駆け込んだ。夫婦ともに悪いところはないけれど、不妊治療を始めますかと聞かれ、一も二もなくうなずいたという。
「いろいろな治療をしましたが、それでもできない。どんどん気持ちが追いつめられていくんですよね。30代半ばになったとき、このまま進むのか撤退するのか、どこまでやるのか決めなくてはいけなくなった。お金もかかるし、プレッシャーも強くなっていく。私自身、自分が欠陥商品みたいな気になっていました。夫は『あなたが悪いわけじゃない』とずっと言ってくれていたし、確かにどちらにも責任はないんですが、なぜか女が悪いような気になっていました」
娘に習わせたかったバレエを自ら始めて
あと3年とそのときは決めたものの、すでにユキエさんは疲れ果てていた。それなのに「もう無理、やめる」という決断ができない。メンタルはどんどん落ちていく。仕事を続けていたのだが、集中できなくなっていた。
「うつ状態になって会社も休職しました。夫は見るに見かねたんでしょう。気分を変えて何かやりたいことを始めてみたらどうかなと言ってくれた。私のやりたいことって何だろうと考えました。娘ができたらバレエを習わせたかったと言うと、夫が『自分でやればいいじゃん』と。そこで習い始めたんです。恥ずかしかったけど楽しかった」
徐々にメンタルも回復、職場に復帰して、不妊治療も再開した。それでもやはり、子どもには縁がなかったようだ。40歳の誕生日に、「きっぱり諦めました」という。
諦めたあとの人生
「還暦は第二の人生の始まりかもしれませんが、私にとっては妊娠を諦めた40歳からが第二の人生でした。バレエを続けて発表会にも出たのが大きかったですね。子どもにかける時間とお金を、これからは2人で楽しもうと夫とも話しました。お互いにやりたいことを書き出して、時間と費用を考えて……。楽しかったですね。結婚してから初めて未来が見えた気がしました」
それまでは子どものいる未来しか見えていなかった。だがそれを諦めたことで、別の未来があったことに気づいたのだ。
「夫は大学院に行きたいと言い出しました。仕事に関係することで研究したいことがあるとかって。私は短大出なので、実は4年制の大学に行きたかったと考えていた。じゃあ、2人で勉強するかということになって」
ユキエさんは通信制の大学に編入、仕事との両立をはかった。夫は翌年、社会人として大学院に入学した。20年ぶりの勉強だったが、「若いときよりずっと身が入った」という。夏休みのスクーリングでは友達もできた。2年で卒業はしたものの、さらに勉強したくなって、同大学の別の学科にまた編入、それが仕事にも生かせるようになった。
「40代、50代は本当に充実していました。夫も大学院での友人がたくさんできたみたいで、お互いの友達を交えて一緒にバーベキューをしたりもしました。若いころにできなかったことがたくさんできた。子どものいない夫婦も世の中にはけっこういることも知りました。視野が狭くなっていたなあと思ったものです」
孫の話を羨ましく思う気持ちもあるけれど
最近は、昔の友達から「孫ができた」という話題も出るようになっている。羨ましい気持ちはある。だが、どんなに羨ましくても、自分にできなかったことを悔やんではいけないと感じているそうだ。
「夫とも話したんです。子どもがいれば、孫がいればと思っても、タラレバは意味がない。そこはドライに割り切るしかないよねと。私たちはいくつになっても、子も孫ももてないのだから、それ以外の選択肢をたくさん作るしかないんです」
将来的には、2人とも元気なうちは仕事を続け、いつか老いた保護犬を飼うつもりでいるそうだ。
「その子が私たちの初めての子。そしてともに老いていく子になると思います」
子どもをもちたくてももてなかった人生だが、振り返ると「決して悪くはなかった。そう思うしかないのかもしれないけど」と彼女はつぶやくように言った。







