
日本人女性が患うがんの中で、最も多いのが「乳がん」です。9人に1人が罹患(りかん)し、年間約1万人弱の女性が命を落としています(生涯累積罹患リスク約11%)。
特に30代以降は人生の中でも非常に忙しい時期です。任される仕事の責任が大きくなったり、出産や育児で忙しくなったりと、自分の健康を省みる時間が少なくなる時期とも言えます。乳がんは早期発見・早期治療ができれば、完治できる疾患ですが、早期の段階で見落とすと命に関わります。忙しくとも、30代以降の女性には必ず受診していただきたい検査です。受診のポイントを、分かりやすく解説します。
国際的にも低い日本の「乳がん検診」受診率。若い世代も重要な定期健診
乳がんの正しい知識を広め、乳がん検診の早期受診を推進することなどを目的として行われる世界規模の啓発キャンペーン、もしくはそのシンボルとされるピンクリボン(Pink ribbon)が有名です。日本では毎年10月1日に「ピンクリボンデー」として、東京都庁舎、レインボーブリッジや東京タワーなどがピンク色にライトアップ(またはピンク色の電球に交換)され、大勢の人に視覚という形でピンクリボン運動の認知度向上が図られています。
乳がんの早期発見・早期治療のために欠かせないのが定期的な検診ですが、この大事な乳がん検診受診率が日本ではかなり低水準にあることが分かっています。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、日本の乳がん検診受診率は47.4%にとどまっているのです。アメリカやイギリス、オランダなどの諸外国では受診率が60%から80%近くに達している国が多く、10~20%も低いというのは、国際的にみても「遅れている」と言わざるを得ないでしょう。
受診率が低いということは、本来なら検診で見つけられたはずの乳がんが、自己触診や症状が出てからの受診まで見つからないケースが多いということです。こうした事態を受けて、国のがん対策推進基本計画では、さらなる受診率の向上を目指して目標値をこれまでの50%から60%へと引き上げました。
乳がんのタイプにもよりますが、一般的な乳がんそのものは他のがんと比べると「比較的ゆっくり進行するがん」とされ、1cmになるまでに数年単位かかることも多いと説明されています。だからこそ「まだ若いから」「症状がないから」と先延ばしにせず、定期的なチェックを習慣にすることが大切です。
40代後半と50代後半に訪れる乳がん発見率の「2つの山」
そもそも、自治体などが実施する乳がん検診は40歳から始まります。しかし「それなら、40歳になってから考えればいい」と考えるのは早計です。
乳がん検診データを用いた研究によると、日本人女性の乳がん発見率には、年齢ごとに特徴的な「2つの山(2峰性)」があることが明らかになっています。乳がんは40代後半で最初のピークを迎えた後、一度減少するものの、50代後半から60代にかけて再び上昇するという傾向が見られています。
40代後半に大きな最初の山があるので、その手前の30代から乳腺の状態を把握しておくことが重要です。40代を迎えたときにもスムーズな受診と早期発見に直結するからです。また、40代がピークと思っていると、50代以降の検診がおろそかになってしまいます。50代後半からもう一度ピークがあることも、忘れてはいけません。
「超音波検査+マンモグラフィ」のダブルチェックが重要な理由
乳がん検診というと、乳房を挟んでエックス線撮影を行うマンモグラフィ検査を思い浮かべる方も多いでしょう。マンモグラフィを受けておけば安心だと思われるかもしれませんが、30~40代の乳腺は非常に発達していて、密度が高いという特徴があります。
マンモグラフィの画像では乳腺もがんの病変も同じように「白く」写ってしまうため、検診でも発見が難しいことがあり、見落とされてしまうリスクがあります。そこで最新の選択肢として注目されているのが、マンモグラフィに「超音波(エコー)検査」を組み合わせる方法です。
実際、日本で行われた大規模な臨床試験では、マンモグラフィに超音波検査を追加することで、エックス線のみの場合と比べて早期乳がんの発見率が約1.5倍に向上したという結果が報告されています。乳腺の状態には個人差がありますので、特に乳腺が発達している方は、超音波検査を賢く取り入れるべきでしょう。
「痛み」や「違和感」はすぐに受診を! 次の検診を待ってはいけない理由
ここで、多くの方が誤解しやすい最も重要なポイントをお伝えします。それは、「がん検診は、症状がない段階で受けるもの」だということです。
日本で行われた研究で、検診を受けた段階での、しこり、痛み、違和感などの何らかの自覚症状の有無を調べたものがあります。すると、すでに自覚症状がある状態で検診を受け、その後に精密検査となったグループは、無症状で検診を受けたグループに比べ、約6倍もの確率(29.6%)で乳がんが発見されたのです。さらに、この有症状のグループで見つかった乳がんは全て、細胞が周囲に広がっている「浸潤がん」が多いことも報告されています。発見時の腫瘍の大きさは平均2.4cmで、無症状のグループの平均1.0cmに比べて進行しているケースが多かったのです。
同研究では、痛みや違和感を理由に受診した人のうち22.2%から乳がんが発見されたと報告されています。もし乳房の痛みや違和感に気付いたら、次に予定しているがん検診を待つのではなく、すぐに「乳腺外科」などの専門医療機関を受診してください。
乳がん検診は未来への優しい投資。検査の種類に迷うなら、まずは相談を
私の友人は30代後半で乳がん検診を受診し、極めて早期の乳がんが発見されました。抗がん剤は不要で、手術は部分切除と放射線治療で済み、入院も短期間。数か月後には普段通りの生活に戻ることができたそうです。受診のきっかけは、筆者が作成した『乳がんは早期発見なら9割以上が助かる』という中学生向け医学講義のプリントを、友人がたまたま見てくれたことでした。「もしあのとき検診に行っていなかったらと思うと怖いよね」と、15年たった今でも友人と笑って話せることに感謝しています。
日本の乳がん検診の受診率が低い理由として、
- 検診の重要性が十分に浸透していないこと
- 痛みや恥ずかしさに不安を感じる人が多いこと
- 忙しさによる先延ばしがあること
などの、心理的・時間的な事情があることが分かっています。乳がん検診や日々のセルフチェックは、決して怖いものではありません。
自費診療で検査を受ける場合は、医療機関によって費用は変わりますが、充実したセットでも2万円前後で受けることができます。乳がん検診は、未来の自分や大切な家族を守るための「今からできる優しい投資」なのです。「まだ若いから」「症状がないから」と過信せず、どの検査を受けるべきか迷う場合は、まずは信頼できる専門医に、ご自身の年齢や乳房のタイプに合った検診方法について相談することから始めてみてください。
最後に、乳がんの正しい知識と検診の大切さを伝え続けてきたピンクリボンの歩みと、病気と向き合う患者さんやご家族を支えようとする全ての人々の思いに、心から敬意を表します。
■参考文献:
1.厚生労働省「2022年国民生活基礎調査の概況」
2.柳田康弘,宮本健志,藤澤知巳,他.有症状で一次検診を受け,当院で二次検診を受けた群の特徴.日本乳癌検診学会誌 2013;22:299-301.
3.仕子優樹,原田亜紀子,大橋靖雄.日本人女性における乳がん発見率の変化:年齢,期間,コホート,地域差の検討.日本公衆衛生雑誌 2020;67:593-602.
4.Jun Ota,Toshio Horino,Tetsuo Taguchi,et al.Mass Screening for Breast Cancer: Comparison of the Clinical Stages and Prognosis of Breast Cancer Detected by Mass Screening and in Out‐patient Clinics.Jpn J Cancer Res. 1989 Nov;80(11):1028–1034.







