
親は子どもに絶対的な影響を与えることができるわけではない。子どもが学校に行くようになり、社会との接点が増えるにつれて、子ども自身の価値観が育っていくのが当たり前だろう。だが、親には親の「正義」がある。そこでぶつかると、ときにはとんでもない事態になることもある。
ある日、息子が金髪に
19歳の大学生の息子と16歳の高校生の娘をもつミチカさん(52歳)。3歳年上の夫は、きまじめな会社員で、彼女はその夫の誠実な生き方に敬意を抱いている。
「2カ月ほど前、私がパートから帰ってすぐ、息子が帰宅したんです。ただいまという声におかえりと振り向くと、なんと金髪! もう、びっくりして声も出ませんでした」
どうしたのと言ったら、「美容師になった先輩にモデルを頼まれてカラーリングしてきた」とうれしそうだった。
「自分の息子だと思えないほど驚きました。どうしてあれほどショックを受けたのか、自分でも分からなかったんですが、うちの子は金髪にするような子じゃないという思いが湧いてきて、『今すぐ黒に戻しなさい』と怒鳴ってしまったんです」
私の教育が間違っていたのか
息子はきょとんとしていた。どうしてそんなに怒っているのか分からないと言い返してくる。そこへ娘が帰宅。「お、兄ちゃん、かっこいいじゃん」という言葉が火に油を注いだ。二人とも何を言ってるのとつぶやきながら、「私の教育が間違っていたのか」という思いが胸に渦巻いた。
「私よりガチガチにまじめな夫が帰宅したら、どうなるか分かりきっていました。あれこれ言う私に、『そもそもお母さん、何が問題なの?』と息子と娘が詰め寄ってくる。もとが黒い髪なんだから染める必要なんてないでしょと言ったら、『お母さんだって染めてるじゃん』と言われて……。そうじゃない、あなたたちはまだ未成年なんだからと言いかけたら、息子が『オレは成人だよ』と。とにかく、そんな髪の色の子を産んだつもりはないと言ったら、『へえ、じゃあもしオレが病気で髪が真っ白になったら、お母さんは同じことを言うの?』って。病気なら話は別でしょうと言うと、状況は同じでしょって。ああ言えばこう言うだから話にならないと、私はキッチンに駆け込みました。でも、落ち着いて考えたら息子の言うことも間違ってはいない」
びっくりしたあまり、妙なことを言ってしまったのかもしれないと少しだけ感じたという。
夫の帰宅後にバトルが
その後、3人で夕飯を食べていると夫が帰宅。そこからは「思い出したくもない光景」が繰り広げられた。
「夫は息子を見るなり、『なんだその髪は』とスイッチが入っちゃって。横暴な人ではないから怒鳴ったりはしないけど、『勝手にそんな金髪にするのは許さない』と。『親の許可がないとカラーもできないの』と息子が鼻で笑った。『そもそもおまえは親がかりなんだから』と言いかけた夫に『親がかりだと成人になっても、自分の髪色1つ変えられないんだ』と応戦。言い合いが続いたあと、『オレ、奨学金借りてるんだけど。お父さんは子どもの学費も出せなかったということだよね』と息子が決定打を放ちました。さすがの夫も青ざめていましたね。夫にとって、そこは触れてほしくないところだった」
夫は無言で寝室へと立ち去った。まずかったかな、でもこの年で借金背負うオレの気持ちも分かってほしいんだよと息子は言った。
「確かに大学の学費を全部出してやれないのは、親として忸怩たるものがありますが、奨学金をもらってでもこの大学のこの学部に入りたいと学費の高い私立理系に行ったのは息子のはず。とはいえ、出せるものなら出してやりたいのも親の本音。そんなところにグサッと息子の言葉が刺さったんでしょうね、夫にとっては」
どうしてこんなことに……
ミチカさんは夫を追って部屋へ行き、ああいうことをしたい年頃なんだし、言い過ぎたと思ってるみたいだからと夫をなだめた。ところが夫は彼女を無視し、着替えるとリビングに戻って「もう親でも子でもない。出ていけ」と息子に言い放った。
「出ていけという言葉だけは言っちゃだめと私は昔から夫に伝えていました。家族に対して、居場所を奪うようなことは言わないでと。私自身、8歳のころ、父に出ていけと言われた母が出ていって1カ月も帰ってこなかった経験があるんです。そのときのあまりにせつない気持ちを覚えているから、出ていけだけは言わないでと頼んでいたのに」
売り言葉に買い言葉。息子は身の回りのものをバッグに詰めると、ミチカさんの静止を振り切って出ていった。それから2カ月、息子は友達のところを転々としているらしい。
「昼間、洋服を取りに来たりはしていますが、夫とは顔を合わせたくないらしい。夫の方も何事もなかったかのように暮らしていますが、息子と話し合おうとは思っていないように感じます。このままでいいのと娘に言われますが、いいわけはない。夫は息子に対して、『人として間違っている』と言う。ただ金髪にしただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのか……」
いずれ話し合える時期が来るとは信じているが、どのタイミングでそれを持ちかけるべきなのか、ミチカさんは常に心に棘が刺さったような気持ちで暮らしているとつぶやいた。







