
「介護職は人手不足だから未経験でも大丈夫」――そんな言葉の裏には、すさまじい現場の疲弊があった。増田明利氏の著書『限界労働者 格差社会にあえぐ22人の生活』は、低賃金や過酷な労働環境など、格差社会にあえぎながらも働き続ける労働者たちの“生の声”を集めたノンフィクション。
今回は本書から一部を抜粋し、前職の廃業を機に介護の世界へ飛び込んだ49歳男性ヘルパーの事例を紹介する。終わりの見えない肉体的苦痛と現場で浴びせられる厳しい現実など、身体を酷使して働き続ける介護職の最前線に迫る。【前後編の前編/後編を読む】
取材者プロフィール
福田義之(49歳・仮名)
最終学歴……1999年大学卒
出身地……神奈川県川崎市
現住所……東京都品川区
居住形態……持ち家(マンション)、ローン返済月6万2000円
職業……高齢者施設ヘルパー
収入……年収約330万円
家庭状況……妻、長男、長女
最近の大きな出費……お墓参り(交通費、お布施、お花代) 1万6700円
身体を壊す重労働の現実
整形外科クリニックの診察室……。1週間以上もひどい腰痛に悩まされていた福田さんは、腰部のレントゲン写真を撮ったあと医師の説明を受けていた。椎間板、脊椎、骨盤などに異常はなく、診断は筋筋膜性疼痛というもの。要は腰回りの筋肉に炎症が起きたために出た腰痛だということだ。
「長時間しゃがみ続けた、中腰で重たいものを持ち上げた、急に身体をひねった。こういうことに心当たりは? 」
医師に問われた福田さんは「あります。しょっちゅうです」と即答した。
福田さんの仕事は特別養護老人ホームのヘルパー。この仕事に就いて3年になるが、身体のあちこちが痛んでいる。まず働き始めて半年で両の上腕に痛みが出た。それが治ったと思ったら左手首が腱鞘炎になった。
「今も痛みが出ることがあって。痛みの強い箇所に痛み止めの注射をしたり湿布薬を貼ったりして対処してるけど、完全には治りそうもないです」
今は高齢者施設で働いているが、福田さんの前職は旅行会社の営業マン。電鉄系旅行会社の下請け会社で働いていたが、コロナ禍の影響で事業を停止、廃業したという経緯だ。
「失職したときは45歳でした。気持ちを切り替えて再就職活動に励んだけど上手くいかなくて。ハローワークの強い指導で、介護の仕事に行けばということになったんです。人手不足が常態化しているから、まったくの未経験で何の資格も持っていなかったけど、養成社員ということで簡単に採用されました」
仕事は大変な重労働だ。主な業務は寝起き介助、食事介助、入浴介助、排泄介助、おむつ交換など。居室の掃除や洗濯、ごみ回収なども仕事だ。365日24時間体制だから3交代で分担、休みは4週6休。
「気を遣うのは食事介助ですね、自分で食べられない人が多いから。上手く咀嚼できない、飲み込む力が弱いという場合は誤嚥性肺炎を起こす危険があるので、細心の注意を払う必要があります」
肉体的にしんどいのは入浴介助。風呂場での転倒が怖いので、つきっきりの世話になる。かなり機械化されているが、室温が高く湿気が多い風呂場だから、1時間でのぼせて頭がクラッとする。
「足を滑らせてよろけた人を支える。体重70kg以上の人を車椅子からお風呂チェアーに移し、終わったら車椅子に戻す。そういう作業が足腰にくるんです」
男性でもきついのだから、女性はより大変。女性職員は女性入居者しか担当しないが、男性に比べたら体格は小さいし力も弱いから堪える。
「ぎっくり腰になったとか踏ん張りすぎて膝を痛めた人がいます。入浴介助後の休憩時間は机に突っ伏したり、空いているソファーで横になっていたりするスタッフが多い」
1人で15人を担う夜勤の闇
交代勤務で働いている福田さんが一番しんどいと感じるのが夜勤。早番、中番は少し余裕が生まれることもあるが、夜勤は働き詰め。夜勤は5人体制で75人の入所者に対処している。つまり1人当たり15人も受け持つことになるが、問題行動を起こす人もいるから気が休まらない。
「各部屋には詰所に通じるブザーが設置されているのですが、これをむやみやたらと押す人がいるんです。トイレに行きたい、おむつを交換してほしいというわけじゃないんですよね。高齢者は眠ったらもう翌朝は起きられないという死の恐怖を抱いているんです。だから人を呼んで眠らないようにする」
こんな人のために他の業務を滞らせるわけにはいかない。ひと晩に何度もブザーを押す人には「あまり鳴らすと爆発しますよ」と警告する。嘘も方便は高齢者介護に欠かせない。
「認知症のある人も厄介なことが多い。軽度の認知症だと、昼間は普通に近い状態なのに夜になると一変するとか。真夜中の1時や2時に呼び出しがあって部屋に行ってみると、窓の外に変な男がいるとか、ベッド中ゴキブリだらけだ、隣の部屋のテレビの音がうるさいと言われるんです。幻視、幻聴なんですね。3時頃に詰所に来て、これから帰りたいと言われたこともあった」
夜勤は21時から翌8時までの11時間拘束。休憩と仮眠時間はあるが、休憩は20分ぐらいを3、4回に分けて取るだけ。仮眠も40分が限度でほとんど動き回っている。
「入所者の家族からも不愉快にさせられることがあります。お金を払っているのだから何でもやってもらえる、やるのがあんたの仕事だろ。こんな不遜な人が本当にいるんです」
反対に、費用を払ったらそれっきり、そちらで適当にやってください、親であろうと面倒なことに係わりたくないという薄情な人もいる。
「お正月、春の連休、お盆休み、敬老の日、お誕生日、クリスマスなどでも、面会に来る家族がいない人もいる。体調を崩したとか定期健診で異常が見つかって緊急連絡したときだけ億劫そうに来るぐらいです。ずいぶん冷たい家族だなと呆れます」
【後編に続く】
「前職から170万減、介護のプロとおだてられても」美辞麗句に搾取される49歳“中年貧困”のリアル
著者:増田 明利(ルポライター)
1961年生まれ。1980年都立中野工業高校卒。ルポライターとして取材活動を続けながら、現在は不動産管理会社に勤務。2003年よりホームレス支援者、NPO関係者との交流を持ち、長引く不況の現実や深刻な格差社会の現状を知り、声なき彼らの代弁者たらんと取材活動を行う。著書に『今日、ホームレスになった』『今日、派遣をクビになった』『今日から日雇い労働者になった』『今日、会社が倒産した』『本当にヤバイ就職活動』『今日からワーキングプアになった』『貧困のハローワーク』『今日、借金を背負った』『お金がありません』(いずれも彩図社)、『不況!! 東京路上サバイバル─ホームレス、28人の履歴書』(恒友出版)、『仕事がない!―求職中36人の叫び』(平凡社)、『ホープレス労働─働く人のホンネ』(労働開発研究会)がある。






