
メジャーリーグ移籍後、大谷翔平選手には手術やリハビリによって満足な結果を得られない時期がありました。しかし大谷選手はそんなシーズンについても「良かったこと」を見いだしています。
調子が上がらなかった時期を大谷選手はどのようにとらえていたのでしょうか。西沢泰生さんの著書『大谷翔平はなぜ、壁を越えられるのか?』から一部を抜粋し、大谷選手の考え方についてご紹介します。
不満足な結果のなかに見つけた「良かったこと」
メジャー1年目の大谷は、ピッチャーで4勝2敗。バッターで2割8分5厘、22ホームラン、61打点で、ア・リーグの新人王に輝きました。しかし、翌年は、トミー・ジョン手術後のリハビリで1年間ピッチングはできません。
バッティングも、5月にようやくDHとして試合に復帰するも、なかなか調子が上がらず。9月半ばには左ヒザの手術で戦線離脱という不本意なシーズンに。
ここでクエスチョン!
Q.不本意な1年間に終わって悔しい思いをしたメジャー2年目を振り返って、大谷が
「良かったこと」として挙げたのはどんなことだったでしょう?
ヒント:どんなときにも、良いことを見つける大谷らしい言葉です
A.こういう成績に対してすごく悔しいと思えること。
不本意に終わったメジャー2年目について、大谷はこう言っています。
「今年はプロ野球生活のなかで一番悔しいシーズンだったので、残っている数字はそんなに悪くなくても、目指しているところが高くなっていることを実感できたということは言えると思います。こういう成績に対してすごく悔しいなと強く思えることが、何よりもいいことだったと思っています」
ちなみに、大谷がここまで悔しがったメジャー2年目の成績は、次のとおり。
打率2割8分6厘、ホームラン18本、62打点。
大谷自身が「残っている数字はそんなに悪くなくても」と言っているように、決して悪い数字ではありません……と言うか、並の選手なら、「いやー、今年はよくやったな、自分……」と祝杯をあげるくらいの数字です。
しかし、大谷は、この成績を残しても、自分にとっては、「とても悔しい数字」だったと。そして、この数字に対して、「悔しい」と思えるところまで成長している自分を実感できたことが、良かったことだと……。大谷が、ほかの選手たちと違う次元で野球をやっているのがよくわかる言葉です。
なお、手術の原因となった左ヒザの痛みは先天性のもので、もともと、シーズン前から違和感があったとのこと。だましだましプレーしていたものの、翌年(2020年)に向けて投球練習を開始したところ、痛みがひどくなり、9月半ば、シーズン終了を待たずに手術に踏み切ったのでした(もちろん、この時点で、チームが優勝戦線から外れていたのも決断理由のひとつ)。
この「自分基準の高い目標」に至らなかったことを悔しがり、そして、「悔しがっている自分の成長」を評価するという大谷の姿勢には、多くの学びがあるように思えます。
ひとつは、自分で高い目標を立てることの意義。会社や他人が決めた目標よりも、さらに高い目標を自分で設定することで、より高みを目指す覚悟につながります。
失敗しても前向きにとらえる
次に、不本意な結果のなかにも、未来につながる「良かったこと」を見つけるという姿勢。失敗しても、それを良い経験にして、前向きにとらえるということ。そして、「それなりの結果に妥協しない」というスタンスです。
たとえ一般的に見れば及第点の結果でも、その結果に満足するかどうかは、自分次第。より高みを目指すなら、自分にウソをつかず、自分として納得できない結果に妥協しないことが成長につながるのではないでしょうか。
ところで、いったい大谷は、どこまで自分を成長させたいのでしょうか。それについて大谷は「自分がどこまでできるかということに関しては、制限はいらない」と言っています。そして、目指すレベルについてはこんなことも。
「走攻守、すべてにおいてレベル100なんて、あり得ない。だからどこまでそこへ近づけるのかが一番の楽しみですし、現役のうちにできる野球の技術、すべてに取り組みたい。僕はここまで野球がうまくなったということを自分のなかに残したいんです。すべてレベル100の全スキルを持っているのは野球の神様だけですからね」
なんと、大谷の理想形は、走攻守すべてがレベル100! 究極の目標ですね。
西沢 泰生(にしざわ・やすお)プロフィール
1962年生まれ。「パネルクイズ アタック25」「クイズタイムショック」などのクイズ番組に出演し優勝。就職後は、約20年間、社内報の編集を担当。2017年からは専業作家。著書の累計発行部数は60万部を突破。主な著書に、『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』、『大切なことに気づかせてくれる33の物語と90の名言』『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』など。






