数字だけ見ると繰り下げ受給したほうがおトクに見えますが、私は「誰もが繰り下げればいい」わけではないと思っています。なぜなら、年金額が増えることで、それ以上に手痛いデメリットが発生する可能性があるからです。
ご自身の健康状態や他の収入源を総合的に考慮し、繰り下げ受給を「しないほうがいい人」と「検討すべき人」を分けてみました。
繰り下げ受給を「しないほうがいい人」
年金の繰り下げ受給を「しないほうがいい人」は、年金が高いことによるデメリットが、将来もらえる年金の増額分を上回るケースです。1. 健康に不安があり、医療費の自己負担増を避けたい人
年金収入が増えると、特に75歳以降は医療費や介護サービス費の自己負担割合が、通常1割から、2割や3割に引き上げられる可能性があります。
高齢期の入院は長期化しやすく、高額療養費制度を使っても、医療費や雑費などで貯金が切り崩されやすくなります。私の父の例でも、年金が高いことで医療費の負担が増え、貯蓄が大きく減る事態となりました。
普段、私は老後(夫婦)の資金として、「医療・介護費には1000万円程度をキープしておくべき」とお話ししています。繰り下げで年金が増えた結果、医療費の自己負担率が上がり、手持ちの資金を減らしてしまうのは本末転倒です。
2. 住民税非課税世帯のメリットを重視する人
年金収入が増えると、住民税非課税世帯の基準から外れてしまい、社会保険料の負担が増加して、結果的に手取りが減ってしまう可能性もあります。
非課税世帯であれば、保険料が安くなるだけでなく、さまざまな給付金も受け取れるメリットがあります。これらのトータルメリットを重視する方は、年金を繰り下げず、あえて年金額を低く抑える戦略が有効です。
3. 体調に不安がある人や、加給年金を受給する人
一般的に男性は平均寿命が女性より短いこともあり、とくに持病がある人など「70歳まで繰り下げると、結局年金を数年もらうだけで死んでしまい損をするのではないか」と不安に感じる人が多いです。
また、加給年金を受給する予定の人が厚生年金を繰り下げてしまうと、加給年金がもらえなくなるため、繰り下げは避けるべきです。
繰り下げ受給を「検討してもいい人」
一方で、繰り下げ受給を「検討してもいい人」もいます。それは、70歳を過ぎても仕事や資産収入があり、年金をすぐに使う必要がない人です。この場合は、受給開始を遅らせることで老後の後半に安定した収入を確保できます。いわば、80代以降の長生きリスクに備えるための選択です。
1. 長生きする自信のある女性
一般的に女性は男性よりも長生きする傾向にあり、平均寿命から見ても繰り下げのメリットを享受しやすいと言えます。
特に、将来的に一人になった際、遺族年金(一般的に夫の厚生年金の約4分の3)と自分の基礎年金を合わせた金額で生活することになります。基礎年金だけでも繰り下げて増額しておくことは、一人になった後の生活基盤を安定させるための有効な戦略だと考えます。
2. iDeCo(イデコ)を70歳まで継続したい人
iDeCoの老齢給付金は、2027年の改正により70歳まで拠出(積み立て)可能となります。70歳以降も運用を継続したい場合、基礎年金は「繰り下げ受給しない」という選択をする必要があります。これは、iDeCoの継続条件に「基礎年金を受給していないこと」が含まれるためです。
3. 70歳まで安定して働く予定がある人
65歳以降も70歳頃まで現役並みに働く予定があり、年金がなくても生活費が賄える人は、繰り下げを検討してもよいでしょう。
ちなみに、経済的に余裕のある人の中には繰り下げ受給せず、年金を受け取ってそのお金を投資に回して増やそうと考える人もいるかもしれません。しかし、年金の繰り下げによる増額率は、リスクなしで年8.4%相当という、一般的な金融商品ではめったに得られない高い「利回り」(※)ですから、運用を考えるなら繰り下げ受給のほうが効率的と言えます。
ただし、前述の通り、年金額が増えることで医療費などの負担が増加するので、それらのデメリットも考慮した上で判断しましょう。
※繰り下げ受給の増額率は1カ月当たり0.7%。これを年換算すると8.4%となることを指しており、金融商品としての「利回り」を示すものではありません
年金は「もらえる時期を選ぶ」だけでなく、「どう生きるか」を考えるもの
さらに、私のおすすめは、「一部だけ繰り下げる」という柔軟な考え方です。例えば、
・基礎年金は65歳から受け取り、厚生年金だけ繰り下げる
・夫婦で受給時期をずらす
こうすれば、家計のバランスを保ちながら将来のリスクにも備えられます。
年金は「もらえる時期を選ぶ」だけでなく、「どう生きるか」を考える制度でもあります。長生きの時代だからこそ、繰り下げ受給=損得と単純に考えず、健康状態・家計・家族構成の3つを基準に判断することが大切です。







