ついつい、辛いものを無性に食べたくなってしまうときってありますよね。
「なぜか急に食べたくなる」「汗をかきながら食べるのがたまらない」と感じることもあれば、「こんなに辛いものを食べて体に大丈夫なのだろうか」と少し心配になることもあるかもしれません。
実は、私たちが辛いものに惹きつけられるのには、脳のメカニズムが深く関わっています。さらに最近の研究では、辛い食べ物が私たちの体に驚くべき健康効果をもたらす可能性も示唆されています。
今回は、「なぜ人は激辛にハマるのか」を科学的に説明し、最新の研究論文から見えてきた「辛い食べ物の知られざるメリット」について、分かりやすく解説していきましょう。
そもそも「辛さ」は味覚ではない? 脳が感じる「痛みと熱」の正体
まず、非常に基本的なお話からですが、実は「辛さ」は味覚ではありません。私たちが感じている味には、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の5つがあります。これらは舌にある「味蕾(みらい)」という小さな器官で感じ取られます。しかし、唐辛子に含まれるカプサイシンなどの辛味成分は、味蕾では感知されません。その代わりに、感覚神経にある「TRPV1(トリップ・ブイワン)」というセンサーでキャッチされます。TRPV1は、43℃以上の熱や痛みにも反応するセンサーです。
つまり、辛いものを食べて「ヒリヒリする」「カーッと熱くなる」と感じるのは、脳が「痛み」や「熱さ」として認識しているということなのですね。
また、多くの子どもが辛いものが苦手なのも、このメカニズムで説明できます。痛みや熱は動物にとって生命の危機につながりかねない危険信号ですから、本能的に避けようとするのは自然なことといえるでしょう。
なぜ激辛は「やみつき」になるのか? 脳内ホルモンと快感サイクルの秘密
本来なら「痛み」であるはずの辛さを、なぜ私たちは好んで食べるのでしょうか。そのカギを握るのが、脳内で分泌される2つのホルモンです。1. β-エンドルフィン(ベータ・エンドルフィン)
辛さによる「痛み」の刺激を脳が感知すると、そのストレスを和らげるために、脳内から「β-エンドルフィン」という物質が分泌されます。このホルモンは、鎮痛効果が非常に強く、モルヒネの数倍の作用があるともいわれています。そして、痛みを和らげるだけでなく、私たちに多幸感や気分の高揚をもたらしてくれるのです。
2. ドーパミン
β-エンドルフィンによって幸福感を覚えると、脳はそれを「ご褒美」だと認識し、次にドーパミンという神経伝達物質を分泌します。ドーパミンは「快感ホルモン」とも呼ばれ、やる気や興奮、さらなる喜びを生み出す働きがあります。これにより、「おいしい!」「もっと食べたい!」という強い欲求が生まれるのです。
要するに、辛いものを食べる(痛みが生じる)→β-エンドルフィンが出て、幸福感や高揚感を得る→ドーパミンが分泌され、さらに快感を求める、という一種の「快感のサイクル」が脳の中に生まれるのです。このサイクルが、辛いものに「やみつき」になる大きな理由だと考えられています。
さらに、唐辛子のカプサイシンには血行を促進し、発汗をうながす作用もあります。汗をかくことで得られる爽快感が、「ストレスが吹き飛んだ」「スッキリした」という記憶と結びつき、また辛いものを食べたくなるのかもしれません。
【最新研究1】辛い食べ物で暑さに強くなる? 火鍋の街・重慶からの報告
世界で最も暑い都市の1つであり、激辛の「火鍋(ひなべ)」で有名な中国・重慶市で行われた興味深い研究が、2025年3月に国際的な学術誌で発表されました(※1)。この研究では、辛いものを食べる習慣が、暑い気候への適応にどう影響を与えるかを調査しています。その結果、日常的に辛い食べ物(火鍋)を摂取している人々は、そうでない人々と比べて、暑熱環境下での体の適応能力が高い可能性が示されたのです。
研究チームは「辛いものを食べると発汗が促進され、その汗が蒸発することで体温を効率よく下げることができるのではないか」と考察しています。つまり、暑い地域で人々が辛いものを好むのは、生きるための知恵とも言えるのです。日本の夏にスパイシーな料理が人気なのも、同じ理由かもしれませんね。
【最新研究2】辛い食べ物は「老化」を遅らせる? 臓器の若さを保つ可能性とは
辛い食べ物の魅力は、ストレス解消や暑さ対策だけではありません。なんと、生物学的な「老化」のスピードを緩やかにする可能性を示唆する研究まであります(※2)。2025年5月に発表されたこの研究では、「中国多民族コホート」という大規模な長期調査データを用いて、辛い食品を食べる頻度と、複数の臓器(心臓・肝臓・腎臓など)の老化との関係を調べました。
その結果、辛いものをよく食べる人ほど、複数の臓器において老化の進み方が緩やかであることが分かったのです。これは、唐辛子に含まれるカプサイシンなどが持つ「抗酸化作用」や「抗炎症作用」が関係しているのではないかと考えられています。
医師の視点から……辛い食べ物の効能とリスク・健康的に楽しむために知っておきたいこと
辛い食べ物は、単なるブームだけでなく、実際に私たちの体や心にさまざまな影響を与えてくれるようです。その魅力の裏には、これほど奥深いメカニズムが隠されていたのですね。辛い食べ物の代表でもある唐辛子には、食欲増進、健胃、脂肪燃焼、免疫力増大などの薬理作用があることも分かっています。医薬品開発の分野でも、鎮痛を目標としてTRPV1拮抗(きっこう)薬の開発が進められています。
ただし、その成分であるカプサイシンは少量なら胃粘膜を守る力を高めますが、たくさん食べると逆に胃の粘膜を弱め、胃潰瘍などを悪化させることも分かっているため、注意が必要です。小さい頃から辛いキムチを食べる韓国では、胃潰瘍で悩む人が多いことも知られています(※3)。
適量であれば健康にメリットがある一方、食べ過ぎは自律神経の乱れや粘膜の炎症を起こすほか、吐き気、嘔吐、高血圧、心臓発作を引き起こすリスクがあることは無視できません。また、これらの症状は特に子どもが発症しやすいです。日本でも、激辛チップスの危険性を知らずに食べた高校生が救急搬送された事例があります。
すなわち、体によい効果があるものでも「過ぎたるはなお及ばざるが如し」で、「食べ過ぎはよくない」ということです。あまりに辛すぎる食べ物は、体に害になってしまう可能性もありますので、ご自身の体調とよく相談しながら、無理のない範囲で楽しみましょう。
日常にちょっとした刺激や元気がほしいときや、ストレスを発散したいとき、おいしくて健康効果もある「激辛料理」に挑戦してみてはいかがでしょうか。
■参考文献
1. Hongqiao Qin, Jianghua Chen, Jiaqi Niu,et al. Dietary habit helps improve people's adaptability to hot climates: a case study of hotpot in Chongqing, China.Int J Biometeorol
. 2025 Jun;69(6):1311-1324.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40105968/
2. Ning Zhang, Feng Hong, Yi Xiang, et al.Spicy food consumption and biological aging across multiple organ systems: a longitudinal analysis from the China Multi-Ethnic cohort.Nutr J
. 2025 May 23;24(1):86.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40410899/
3. 堀江俊治, 田嶋公人, 松本健次郎.消化管スパイスセンサーとその機能:辛味は胃腸でも味わう.YAKUGAKU ZASSHI 2018;138:1003-1009.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/138/8/138_17-00048-1/_article/-char/ja/