時流に飲み込まれながらも、劇場を守り、エンターテインメントを届けてきた人々の情熱に胸アツになる映画で、故・青山真治監督が脚本を執筆していた作品です。
社長のサネオを演じるのが染谷将太さん。撮影のお話や吉祥寺バウスシアターに通っていたころの思い出に加え、俳優業についても伺いました。
<目次>
『BAUS 映画から船出した映画館』主演・染谷将太さんにインタビュー
――まず映画『BAUS 映画から船出した映画館』の出演経緯について教えてください。染谷将太さん(以下、染谷):吉祥寺バウスシアターの歴史を描いた映画で、青山監督が脚本を執筆されていた作品と聞き、とても惹かれました。ただ、バウスシアターには個人的な思いもあったので、声を掛けていただけてうれしいけれど“自分でいいのか”という不安もありました。
――不安というのは?
染谷:学生時代、バウスシアターで開催される“爆音映画祭”によく行っていたんです。僕の自主映画も上映していただいて、そのときは舞台に登壇もしました。そんな思い出が詰まった映画館なので、客観的な表現ができないのではないかと思ったんです。サネオ役に対して自分の中の“バウスシアターへの思い”が邪魔をしてしまうのではないだろうか……と考えました。
――そのような気持ちを抱きながらも出演を決めたのは?
染谷:樋口泰人プロデューサーの「青山の呪いに乗ってみませんか?」という言葉を聞いて、冷静に考えたら、せっかく呼んでいただいているのに、出演しなかったら後悔すると思ったんです。
青山監督の脚本に甫木元空監督が手を加えて完成させた脚本を読んだとき、バウスシアターへのいろいろな思いを含みつつも、1本の映画として素晴らしいものになると思いました。そこからはシンプルに『バウスシアターの映画に関われる!』という喜びを胸に撮影に臨みました。
撮影は素晴らしく、幸せをかみ締めていた
――サネオというキャラクターはどう解釈されましたか? 峯田和伸さんが演じた兄のハジメにかなり振り回されている感じがありましたね。染谷:器が大きい方だと思いましたが、その器に詰め込まれたさまざまな出来事、問題などをすべて本人が受け止めているのかというと……そこには謎が残るというか。腹の底ではどう思っているんだろうと不思議になるミステリアスな一面もあり、想像が膨らむキャラクターだと思いました。
――演じるのは難しいキャラクターでしたか?
染谷:サネオの周囲の方々が楽しそうにしているので、その笑顔を見ているだけで自分がサネオになっていく感じがしました。サネオの周りの方たちが僕をサネオにしてくれた。撮影現場ではそう思っていました。 ――撮影で印象に残っていることはありますか?
染谷:「井の頭会館」など初期の劇場のシーンは、長野県の上田映劇で撮影したのですが、本当に居心地がいい映画館でした。スタンバイ中は、劇場の座席にみんなで座って話しながら待機したりして。スタッフ、キャストの皆さん、素晴らしい人ばかりだったので、あの劇場で皆さんと過ごした時間が幸せでした。
――撮影が大変ということよりも幸せな時間のほうが印象強いんですね。
染谷:はい。幸せをかみ締めていた時間でしたね。
>染谷さんに聞く「映画館のぺスポジ」