Q. 「学歴と認知症のなりやすさには関係がある」って本当ですか?
「教育歴と認知症リスクには関連がある」? その理由とは
Q. 「『学歴が高ければ、認知症にもなりにくい』と話している人がいました。有名な学者さんでも認知症を発症されたりもしていますし、学歴と病気とを紐づけるのは、少し学歴偏重な考え方に感じます。実際に、『学歴と認知症のなりやすさ』には、関係があるのでしょうか?」
A. 学歴は必ずしも関係しません。しかし「教育歴」との関係は報告されています
超高齢化社会が進む日本では、年をとると誰しも認知症の症状がでてくるもので、防ぎようがないと考える人も多いようです。しかし近年の研究から、生活習慣の見直しによって、認知症の発症リスクを減らせることが分かってきました。2017年と2020年に国際的学術誌『Lancet』に、認知症と生活習慣の関連性を調査した多数の研究論文のデータをまとめて総合的に解析した結果が発表されました(The Lancet Commissions 390(10113): 2673-2734, 2017; The Lancet Commissions, 396(10248): 413-446, 2020)。そこでは、将来認知症の発症につながる危険因子として12項目がクローズアップされ、とくに若年期(early life)の生活で影響するものとして唯一挙げられたのが、「教育歴」でした。「若いときに少ない教育しか受けなかったことが、認知症を発症する要因になった」と考えられるケースが、全体の7%にも達しているとのことです。この割合は、多くの方が健康に悪いというイメージを持っているであろう「過量の飲酒」(1%)、「喫煙」(5%)、「運動不足」(2%)、「高血圧」(2%)などを大きく上回っています。
「将来認知症になるかどうかが自分の教育歴によって決まる」と言われると、ショックだと感じる方もいらっしゃるかもしれません。とくにすでに中高年の方は「いまさら若いときに勉強しなかったことを指摘されても…」と思うことでしょう。でもご安心ください。今からでも遅くはありません。これから解説する、教育と認知症の関係を理解して、今日から考えを変えれば間に合います。
まず、理解していただきたいのは、ここでいう「教育」というのは、質問にもある「学歴」とは必ずしも関係ないということです。重要なのは、知的な活動を行う機会がどれだけ与えられたか、もしくは自ら取り組めたか、という点です。
認知症は、記憶力、認知力、判断力などが生活に支障を生じるくらいの程度まで低下した状態ですから、加齢に伴って同じスピードで脳が衰えたとしても、脳の知的レベルがもともと高い人の方が認知症とみなされるレベルまで低下するのには時間がかかる、つまりなりにくいのは当然ではないでしょうか。そして、脳の知的レベルは、「生まれつき」よりも、生まれた後の様々な経験や生き方によって左右されます。
私たち人間の脳を構成する神経細胞(ニューロン)やそのつなぎ目であるシナプスの数は、この世に生まれたころが最大で、生後時間が経つにつれ、その数は減る一方です。今この記事を読んでくださっているみなさんの脳の中でも、神経細胞がぽつりぽつりと脱落していっているのです。「なぜそんなもったいないことを……」と思うかもしれませんが、これは私たちが環境に適応するために用意された特別なしくみなのです。必要かどうかわからないけれども生まれたときにできるだけたくさん用意しておいて、その後の生活の中で、日々使われる神経細胞やシナプスは「必要なもの」として残り、使われないものは「不必要なもの」としてそぎ落とされて、大人の脳ができあがるのです。
私たちは、生まれたときは、ある意味何でもできる潜在力をもっていますが、その後の人生で何を経験したかで、実際にできることとできないことが生じてきます。たとえば、幼いころから音楽に触れて楽器や歌の練習に日々取り組んできた人は、音楽に長けた方になります。海外に興味を持ち外国語の習得に時間をかけた方は、語学に長けた方となります。つまり、生まれた後にどのような経験をして、そのとき脳のどの部分を使ったかによって、成熟した大人の脳がそれぞれできあがり、使わなかった脳の部分は失われていくのです。ですから、若い時から脳を使う知的な活動に取り組んできた人は、高い知的活動が行えるように保たれますが、そうでない人は生まれ持った宝物がなくなってしまうのです。
「もう私は年だから……」と諦めることはありません。年をとっても、できるだけ積極的にいろいろなことにチャレンジし、「自ら考えて行動する」習慣を続けていれば、脳の機能を保つことができます。がんばりましょう。