なつかしい作品と再会できる光村図書の「教科書クロニクル」
全国の小・中学校で教科書のシェア約6割、日本人の2人に1人が使ってきた国語の教科書出版社である、光村図書の教科書検索システム「教科書クロニクル」が話題です。なつかしい教科書と再会できる「教科書クロニクル」が話題
光村図書には、教科書を使っていた方から「あの物語をもう一度読みたい」「作品のタイトルを思い出せない」などの問い合わせが多く寄せられており、20年ほど前から改訂年度ごとの教科書の表紙と主な教材の一覧がサイトに掲載されていました。そして2023年、コーポレートサイトのリニューアルにあたり、新たに追加されたのが、生年月日での検索機能です。
使ってみたら、誰もが思わず「なつかしい!」と言ってしまうはず。まずはぜひお試しください。
では、教科書掲載作品のこれほどまでの魅力とは何でしょうか。
光村図書出版株式会社の木塚崇さん(執行役員・広報部長)と、山本智子さん(取締役・編集第一本部本部長・第一編集部長)にお話を伺いました。
光村図書出版株式会社の木塚崇さん(左)と山本智子さん(右)
Q. 国語の教科書に掲載される作品はどうやって選ぶの?
「くじらぐも」や「やまなし」を覚えている方も多いでしょう。これらの作品は、50年以上も国語の教科書に掲載され続けており、「定番教材」と呼ばれることもあります。では、これらはどうやって選ばれるのでしょうか。まず、新しく掲載する教材には、書きおろしを依頼する場合と、すでに出版されている本から選ぶ場合とがあります。
光村の方々が既刊本から探す場合、数十冊、数十時間読んでも、これだという作品が見つからないことの方が多いのだとか。なおかつ、苦労の末見つかったその作品も、あくまで候補の一つ。同様に候補である定番教材に挑戦し、勝った方が教科書に掲載されます。
つまり光村では、作品選びは「白紙からの真剣勝負」なのです。定番教材であっても、新しい教材であっても、改訂のたびに同じ条件で検討されるということです。また書きおろしについては、ベストな状態になるまで著者とやりとりを重ねることになります。
Q. 作品を選ぶときの何よりも大切なポイントは?
では、作品を選ぶときに光村が最も大切にしているポイントは何なのでしょうか。それは、「誰もつらい思いをしない作品であること」。教科書は、子どもたちが必ず読まなければならないものですから、細やかに気を配る必要があります。さまざまな環境で、いろいろな思いを抱く子どもたちが、「このお話の続きを読むのはつらいな」と思うことのないよう、テーマはもちろん、語句や表現の一つひとつを、ていねいにチェックしているのだそうです。
その他にも、以下のようなポイントがあります。
- 子どもたちみんなに学びがあるか
- おもしろさがあって興味を持てる内容か
- テーマや主張が押し付けがましくなく、子どもの心にストンと落ちるようなものであるか
- 古びてしまう題材ではないか(一度掲載すると約4年間使われるため)
- 1冊、また6年間を通しての学習内容やテーマのバランスは取れているか
- 1作品の文字数は適当か
- 指導はしやすいか(光村の教科書を使っている先生方へのアンケートなども考慮)
Q. 原作がある作品をどう教科書に掲載=「教材化」するのか?
すでに読んだことのある作品を教科書で再読したときに、違和感をもったことがありませんか? その正体について聞いてみました。実は、既刊本から選ばれた作品は、教材として教科書に掲載する「教材化」にあたり、ことばや内容が改められるケースがあります。たとえば、学年に合わせて漢字や語句の調整をしたり、句読点の追加をしたりすることなどがこれにあたります。
もちろん教材化のための改編は、必ず著者や著作権者の許可を得ています。また光村のお二人からは「改編は、作品のテーマを壊さないのが大前提」という強い意志が感じられました。
とはいえ、オリジナル作品との違いが気になることもあるでしょう。特に「スイミー」など原作が絵本である作品や、「おおきなかぶ」など絵本を通してよく知られているお話は、違和感が強くなりがちです。読み聞かせで、音をよく聞き、絵をじっくり見ている子どもたちは、教科書と絵本の違いに、実によく気づきます。
絵本において、文と絵は、どちらも決して欠かすことができないもの。「絵を読む」ともいいますが、絵本の絵は、場面の理解を助ける「挿し絵」とは異なるものです。けれども、教科書に掲載されるときには、どうしても挿し絵として扱われますから、教科書と絵本でページを開く向きが異なるものでも絵が左右反転されなかったり、横書きが縦書きに変わったり、絵が省略されてしまったりすることもあります。
『ミリーのすてきなぼうし』きたむらさとし 著、BL出版 【画像出典】Amazon
Q. 原作が絵本の作品を、なぜ教科書に掲載するの?
「絵本で読んだ方がいい」と思えるような作品を、あえて教材として選ぶのはなぜか? それは、「文学作品として優れているから」というシンプルな理由でした。「ミリー」も含め、「魅力のある物語だから、子どもたちに読ませたい」という思いが根本にあり、絵本の絵の重要性をふまえ、できるだけ多くの絵を載せるために、サイズの調整などの工夫をしているそうです。
『モチモチの木』斎藤隆介 作、滝平二郎 絵、岩崎書店 【画像出典】Amazon
光村は、教科書には、子どもの興味・関心をひきだす窓口としての機能もあると考えているのです。
Q. 「ちいちゃんのかげおくり」はハッピーエンド!? 絵本の違いとは?
教科書と絵本との違いについて、もう少し考えてみましょう。小学校国語の定番教材である、あまんきみこ「ちいちゃんのかげおくり」が、どんなエンディングだったか覚えていますか?『ちいちゃんのかげおくり』あまんきみこ 作、上野紀子 絵、あかね書房 【画像出典】Amazon
実は、教科書でこの作品を読んで涙が止まらなくなってしまう子がいる一方で、「ちいちゃんは天国に行かれて(家族に会えて)幸せだった」「最後は平和になってよかった」、つまりハッピーエンドだという感想を持つ子、記憶している人は意外と多いのです。
はたしてちいちゃんは本当に幸せだったのだろうか、ということを考えるときに思い出されるのが、絵本にはあって、教科書にはない絵―― “ひとりぼっちで息を引き取ったちいちゃんの姿”です。
痛ましく、さびしいこの絵が教科書に載っていたら、少なくともハッピーエンドだと捉えられることはないのではないか。ここは原作のままの方がよかったのではないか。そんな思いもあるのですが、この作品を、教材として国語の授業で読むことを考えると、また違う見方もできます。
それは、絵がなくても、ていねいに文章を読み込むことで、登場人物の気持ちや戦争への理解を深めることはできるはずだということ。作品について考えるときに、本文を根拠にするのは、とても大切なのです。「ちいちゃん」についても、そのように読みを深めることは可能だと思われます。
改編された教科書の作品よりも、原作の方がよく思えることがあるでしょう。作品としては、原作が「完成品」だからです。けれども、原作と教材を安易に比べるだけでなく、「教材化」という視点から考えてみると、自分なりに納得できる理由が見つかることがあるかもしれません。
なお、同じ作品でも、出版社によって教材化の仕方や掲載する絵が異なることがあります。その作品が、なぜ、そのように掲載されたかを考えるのも、おもしろいですね。
学んだ教科書は「あの頃の自分に出会う」タイムマシン
ここまで、教科書に掲載されている作品、その選び方や教材化について見てきました。冒頭でご紹介した教科書クロニクルのコンセプトの一つは、「あの頃の自分に出会う」。「教科書がタイムマシンのような役割を担えたら」という思いが込められています。
X(旧Twitter)でも「級友に再会した気持ちになった」「表紙を見ただけで教室とか先生とか当時のことを一気に思い出した」などという反響があったそうです。教科書には、子どもだったころの思い出が凝縮されているのかもしれません。
そして、そこに掲載された作品には、「なつかしい」だけではない多くの魅力と「読みの可能性」があります。「ちいちゃんのかげおくり」に関しても、親になった今の方がより切なく感じたという方もたくさんいます。教科書を通してなつかしい自分と再会しつつ、ぜひ、今の自分とも出会ってみてください。