アルツハイマー病にウイルスが関与している?
近年、「認知症の主な原因疾患であるアルツハイマー病が、感染症によって引き起こされる可能性がある」という説が、注目されています。アルツハイマー病は脳の病気で、細菌やウイルス感染とは無関係だと考えられていましたが、改めて研究してみると、アルツハイマー病の発症には様々な要因が絡み合っていて、細菌やウイルスの関与もありそうだと示す知見が数多く報告されているのです。今回は、アルツハイマー病とヘルペスウイルスの関係について解説しましょう。
そもそもウイルスとは? 1890年代に発見された細菌よりも小さな病原体
そもそも、私たち人類が「ウイルス」という新たな病原体の存在を知ったのは、1890年代です。いろいろな伝染病の病原体の分離を試みるうち、それまでに知られていた細菌よりもはるかに小さく、濾過器を通り抜けるようなサイズの物質が存在していることがわかりました。これが新種の病原体だと認められるようになり、「毒、植物の樹液、ねばねばした液体、強力な汁」を意味するvirusというラテン語から、「filterable virus(濾過性病原体)」と呼ばれるようになったのが、現在の「ウイルス」です。それから多種類のウイルスが次々と発見され、実体も明らかになっていきました。インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスも、ウイルスの一種です。
アルツハイマー病のリスクと、ヘルペスウイルス感染の関係
「アルツハイマー病がウイルス感染、とくにヘルペスウイルス感染によって引き起こされる」という考えは、1980年代に提唱されました。当初は何の証拠もなく、一部の研究者が思いついた仮説にすぎませんでした。ヘルペスは、ギリシャ語で「這う」という意味のHerpesが語源で、古くは、カビが引き起こす皮膚病や、 丹毒や皮膚がんのように皮膚に這うようにして拡大する皮膚疾患全てを指していました。 しかしその後、皮膚にできる小さい水ぶくれを指す「疱疹」を伴う病気に限定して、ヘルペスと呼ぶようになりました。「性器ヘルペス」「水痘(いわゆる水ぼうそう)」「帯状疱疹」などは、いずれもヘルペスの一種で、これらの病原体が「ヘルペスウイルス」です。
当初は単なる仮説にすぎなかった「アルツハイマー病とヘルペスウイルスの関係性」が具体的に示されたのは、1991年のことでした。イギリスのマンチェスター大学の研究チームが、アルツハイマー病患者の死後脳を調査したところ、脳内から単純ヘルペスウイルスⅠ型(HSV1)が見つかったのです。高齢者の脳内には、HSV1が潜伏感染しており、免疫力の低下に伴ってHSV1が増殖を開始すると、アルツハイマー病が起こると提唱したのでした。ただ、HSV1感染によって発症するのだとすれば、それに伴う白血球の浸潤や発熱、けいれんなどの典型的な脳炎症状が起きてもいいものですが、臨床上そうした例がほとんどないことから、「ヘルペスウイルス仮説」は広く認められるには至りませんでした。
しかし、近年、ヘルペスウイルス感染症の治療のために抗ヘルペスウイルス薬を服用した人は、服用しなかった人よりアルツハイマー病になる割合が少ないという知見が報告されました。また、抗ウイルス薬による治療を受けなかった感染者は、非感染者の2.5倍もアルツハイマー病になりやすいという解析結果も報告されています。これらの知見は、薬によってヘルペスウイルスの増殖を抑制することが、アルツハイマー病の発症リスクを低下させることにつながることを物語っています。
また、アルツハイマー病患者の脳内では、アミロイドβというタンパク質がヘルペスウイルスを取り込んで塊になった病理像が見られることがあります。アルツハイマー病の原因物質と考えられているアミロイドβが、脳内に侵入してきたヘルペスウイルスを捕獲して無毒化しようとしてくれているのかもしれません。
帯状疱疹予防ワクチンで、アルツハイマーのリスクが下げられる可能性も
まだまだ十分な証拠がそろったとはいえない段階ですが、ヘルペスウイルスとアルツハイマー病には、深いつながりがありそうです。最近は、50歳を過ぎたら帯状疱疹に気を付けるよう言われ、ワクチンの接種が勧められています。帯状疱疹もヘルペスウイルス感染の一種ですから、アルツハイマー病との関係がある可能性は十分あります。帯状疱疹によって、脳梗塞やアルツハイマー病のリスクが上昇するという解析結果も報告されています。早めの感染症対策が、将来の認知症リスクを下げることにもつながるという意識をもつことが大切です。