認知症予防にも効果的な運動習慣
適度な運動は脳の健康維持に役立ち、認知症予防にも効果的です
適度な運動が健康維持に役立つことは、みなさんもよくご存じでしょう。とくに、高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣が関わる病気の改善や予防に有効です。加えて、近年は、認知症の予防にもなることを支持する科学的証拠が報告されるようになってきました。
今の医療では、認知症を発症してからの治療は難しく、日ごろから生活習慣に気を配り認知症にならないように防ぐことが大切だと言われています。今回は、認知症予防と運動の関係について考えていましょう。
適度な運動習慣は、なぜ脳の健康維持にいいことだらけなのか
脳が正常に活動するには、たくさんの酸素と栄養が必要です。一方、肺は体に酸素を取り込み、心臓は酸素や栄養分を含んだ血液を循環させる役割を担っています。日頃から積極的に運動することによって心肺機能が高まれば、脳に酸素や栄養がよくいきわたるようになり、脳の働きが保たれます。逆に、運動不足だと、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症などの生活習慣病をまねきます。高すぎる血圧によって脳血管が破裂して脳内出血が起きたり、動脈硬化によって脳梗塞が起きると、脳への酸素供給が行われなくなり、神経細胞が大きなダメージを受けてしまいます。そのとき、記憶や認知に関わる脳領域が障害されると、後遺症として認知症が生じることがあります。つまり、運動不足が脳血管性認知症の原因となりうるという点からも、日常的に体を動かすことが、認知症の予防につながると言えます。
また、適度な運動は、規則正しい生活パターンをつくる助けにもなります。運動によりエネルギーを消費すると、食欲がわき、しっかり食事をとることで脳によい影響を与えます。運動による体の疲れは眠気を誘い、睡眠不足解消に役立ち、脳の健康維持につながるでしょう。いいことだらけですね。
運動によって脳の神経細胞が増える研究報告も
さらに、運動が脳への刺激となり、神経細胞を増やすという研究結果があります。「萎縮した脳を回復させる方法はあるのか?脳の神経細胞と「神経新生」」で解説したように、記憶形成を担っている「海馬」という脳領域には、大人になっても少数の神経幹細胞(神経細胞になる前の種のような細胞)が残っており、脳の活動によって適度な刺激が与えられると、神経幹細胞が神経細胞になることによって神経細胞数が増える仕組みがあることが分かっています。この仕組みは「神経新生」と呼ばれ、認知症の治療や予防の観点からも注目されています。
アメリカ・ソーク研究所のフレッド・ゲージ博士らの研究グループは、飼育環境によってネズミの海馬の神経新生がどう変化するかを調べる実験を行い、運動の影響も検討しました。具体的には、ネズミ(マウス)を2つのグループに分け、回し車が置いてある箱とない箱でそれぞれ飼育しました。その結果、回し車でいっぱい運動したグループのネズミは、海馬の神経新生が高まることで神経細胞が増え、同時に記憶力も高まることがわかりました(Proc Natl Acad Sci USA 96: 13427-13431, 1999)。
この実験結果は、純粋に体を動かしたことの効果と考えることもできますが、他の可能性として「回し車はおもしろい」といった感情的な刺激が影響したとも考えられます。
運動のやりすぎは逆効果? ストレスが悪影響になることも
ただし、運動が良いとはいっても、やりすぎはだめなようです。2005年スウェーデンのイエテボリ大学・サールグレンスアカデミーの研究グループは、ソーク研究所のゲージ博士らと同じように、回し車を使ってネズミに自由に運動をさせて、海馬の変化を調べました(J Neurophysiol 93: 2406-2414, 2005)。その結果、9日間運動させたネズミでは、運動していないネズミに比べて、海馬の神経新生が5倍も増えていましたが、24日間運動を続けたネズミでは、逆に海馬の神経細胞が増えなくなっていることがわかりました。また、24日間のうち、1日あたりの運動量を制限させたところ、海馬の神経細胞が減少するのを防ぐことができました。無理をして運動をするとストレスとなり、かえって海馬の神経新生が起きにくくなってしまうようです。
では、どれくらいが適度なのでしょうか。一般的には、「あまり激しくなく、少し汗ばむくらいの運動を20分、週に3回くらい行うのがよい」と言われますが、人はそれぞれ年齢、体力、健康状態などによって違いますから、これを守る必要はありません。
ストレスを感じず楽しくできるレベルで、無理なく継続して行うのがよいでしょう。