驚異の売れ行きを見せた「桜姫東文章」のヒミツ

みなさんは、歌舞伎を観たことがありますか? 歌舞伎というと「ストーリーが難しそう」「お姫様がよよと泣き崩れ、哀しみにくれる封建的な話」「セリフが分かりにくそう」といったイメージを持っている方もいるかもしれません。しかし、実は歌舞伎の演目には、そんなイメージを軽々と飛び越える面白いものがたくさんあるのです。

そのひとつに2021年4月と6月に、歌舞伎座で上演された「桜姫東文章」があります(4月上の巻・6月下の巻)。
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“孝玉コンビ”として名を馳せた36年前の画像を今回もポスターなどに使用

「桜姫東文章」はコロナ禍にあって全日即日完売という驚異の売れ行きを見せた舞台でした。その舞台が満を持して、2022年4月にシネマ歌舞伎に登場。

なぜ、そこまでこの作品が魅力的なのでしょうか。その秘密を紐解きます。
 

BL心中失敗、輪廻転生、高僧の堕落など……ジェットコースター並みのぶっ飛びストーリー

まずストーリーがめっぽう面白いのです。作者は鶴屋南北。初演は文化14(1817)年ですがその後100年以上上演されず、通しでの復活は昭和42年まで待たなければなりませんでした。それは、刺激的な内容に時代が追いつかなかったからといえるのかもしれません。

物語は、「白菊丸」という少年と「清玄」という若い僧のBLカップルの心中の失敗から始まります。そこだけでももうワクワクしませんか? まだまだそこは序幕にすぎません。
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白菊丸は亡くなり、清玄は死にきれず生き残る。(C)松竹

白菊丸は亡くなりますが、清玄は死にきれず生き延び、17年後には高僧となっています。そこに現れたのが、吉田家息女桜姫。
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舞台は桜姫の登場でぱっと華やかに。(C)松竹

ところがこの桜姫こそ、17年前に亡くなった白菊丸の転生でした。それを知った清玄の心は激しく動揺します。

しかし、桜姫の心は清玄には傾きません。桜姫は1年前に盗賊に犯され、子どもを出産したのですが、その盗賊に心を奪われていました。その悪党の名は「釣鐘権助」。
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釣鐘権助と桜姫。その色気たるや……。(C)松竹

こうして主役3人は出そろいました。清玄、白菊丸=桜姫、釣鐘権助の3人です。桜姫は権助と出会い、桜姫、清玄が身を持ち崩していくのが上の巻。

そこまででも十分濃い話なのですが、下の巻になると、もっとすごい展開が待っています。清玄は、白菊丸の影を求めて桜姫につきまとい、権助といっしょになった桜姫は遊女として売られますが、遊女「風鈴お姫」としてトップの人気モノに!

遊女となっても、桜姫に悲壮感はまるでなし。むしろどんどんたくましくなっていくように見えます。その一方で清玄は、落ちぶれてなお桜姫にまとわりつきますが、まったく相手にされません。いったいどんな結末が待っているのでしょうか。

吉田家のお家再興も絡んで、ひと波乱もふた波乱もあり、最後まで目が離せない下の巻なのです。

欲深でこっけいな坊主残月(中村歌六)とお局長浦(上村吉弥)などの脇役も、軽やかな演技でおおいに芝居を盛り上げてくれます。
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残月(右)と長浦が芝居を明るく盛り上げる。(C)松竹

 

ぶっ飛びストーリーを感動に導く「仁左衛門&玉三郎」の力

少々話が飛躍していて、これは鼻白むのではないか。ここまで読んでそう思う方もいるかもしれません。その懸念をねじ伏せ、一足飛びに桜姫東文章の世界に誘ってくれるのが、役者の力です。

・片岡仁左衛門、坂東玉三郎の共演は36年ぶり。
この作品は、近年では様々な役者によって演じられていますが、なんといっても36年前に上演された仁左衛門と玉三郎の共演の評判が高く、「孝玉コンビ」(仁左衛門は当時片岡孝夫)と呼ばれ、一大ブームを巻き起こしました。

この二人での再演を願う声は多かったもののなかなか共演は叶わず、近年では二人は高齢ということもあり、長丁場となるこの演目の実現は難しいと思われていました。ところが皮肉なことにコロナ禍での起爆剤として企画があがり、上の巻、下の巻と月を分けて上演することで仁左衛門と玉三郎の同意が得られ、上演が実現しました。

今や「人間国宝コンビ」の2人の共演は36年ぶりですが、玉三郎は半世紀以上前の昭和42年に序幕の白菊丸のみを演じています。当時、玉三郎は17歳。この時は白菊丸として出ただけなので、ほんの数分の出番でしたが、その舞台を三島由紀夫がみて、絶賛したと伝えられています。

・36年を経て若返る奇跡の仁左衛門&玉三郎
そして、2021年の歌舞伎座での上演。仁左衛門は77歳で、玉三郎は70歳。昔の若々しさは失われているのではないかと思われましたが、なんと昔のまま、いやそれ以上に色気、長年培った芸の深み、落ち着きなどが加わり、むしろ若々しく、演技は深いと驚きの声が多く上がったのです。筆者は36年前の共演は見ていないので比較はできませんが、今回の二人の若々しさ、色気、芸の深さにはため息が出るばかりでした。

清玄と釣鐘権助を演じる仁左衛門は、高貴ではあるが少しひ弱な清玄と、真逆で、社会の底辺を嘗め尽くしているワルい男・釣鐘権助を早替わりで見事に演じます。
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たくましく生きる桜姫と権助 だが……。(C)松竹

一方、玉三郎が演じる桜姫は、思い切りが良く天然なところもある特異なキャラクターです。上の巻では深窓のお姫様ですが、下の巻では女郎「風鈴お姫」となって、清玄はおろか権助も翻弄していくのです。普通ではありえない特異なキャラを玉三郎はナチュラルに痛快に演じます。結末も見逃せませんよ。

このほか多くの作品で共演を果たしている二人ですが、この作品に関しては36年ぶりの共演。それでもあまり語らずともすぐに息がぴったりと合ったそうです。それこそ、前世で縁があったのではないかと思ってしまう奇跡の二人ですね。
 

歌舞伎初心者におすすめしたい「シネマ歌舞伎」の魅力

シネマ歌舞伎とは、上演された歌舞伎の舞台を編集しなおし、映像化したものです。今回は2021年の舞台の映像化ですが、シネマ歌舞伎には舞台とはまた違う良さがあります。

こちらの記事(※1)でも詳しく書きましたが、シネマ歌舞伎の良さは「よく聞こえ、よく見える」ことです。広い歌舞伎座の3階から見ればどうしても細部までは見ることはできません。

しかし、大画面に映し出されたシネマ歌舞伎であれば、演者の表情の違い、息づかい、セリフの抑揚まではっきり聞き取れますし、衣装の刺繍までよく分かります。今まで見ていた歌舞伎とはまた違う新たな魅力を発見する人もいるでしょうし、歌舞伎を初めて観る人には、歌舞伎への入り口としてとてもおすすめなのです。

筆者は、昨年舞台の「桜姫東文章」を5回観たのですが、今回シネマ歌舞伎で観てみると、権助のねめまわすようなじろりとした目つき、桜姫の色気のあるうなじ、流し目、解かれた帯の流れるような美しさなど、よりじっくりと堪能することができました。

多彩なカメラワーク、高画質映像、5.1CHサラウンドの音響、さらに舞台での照明の影を消すといったシネマ化へのこだわりが功を奏しています。またシネマ歌舞伎ならではの特別インタビューも加わり、ファンならずとも引き込まれずにはいられない内容です。

昨年舞台を見て圧倒された人も、コロナ禍で東京まで遠征できず、観劇をあきらめた方もぜひ地元の映画館の大画面で「にざ玉」の至芸を堪能してください。
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より美しく、芸の深みが増している仁左衛門(右)と玉三郎(左)。(C)松竹

4月8日(金)より上の巻、4月29日(土)より下の巻が、全国54の映画館にて公開です。

シネマ歌舞伎は毎月上映されています。今年のラインナップは、「ワンピース」「風の谷のナウシカ」「風雲児たち」といった漫画原作のものをはじめとして、人気作品が目白押しです。歌舞伎の目くるめく世界へ、あなたも一歩踏み出してみませんか。

参考:
※1:シネマ歌舞伎の楽しみ方
シネマ歌舞伎 公式HP:https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/
公式ツイッター:@cinemakabuki

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。