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東京ニュース通信社┃「MIU404」公式メモリアルブック(Amazon限定表紙版)
ページ数:97ページ
描かれる日常にムズキュン!原作を表情豊かに楽しめた『逃げ恥』
『アンナチュラル』『MIU404』はオリジナルの作品ですが、マンガ、小説といった原作にドラマの命を吹き込む巧さも野木亜紀子の旨み。原作ありきは脚本の深みがない印象を受けるかもしれませんが、完成された内容を60分という枠におさめることは非常に難しく技術が必要です。また、作品の持つ空気を残しながらテレビや映画というエンターテインメント性を存分に生かし立体的な表情へと色付けするには、丁寧かつ慎重な姿勢も求められます。野木亜紀子はその重要性を理解したうえで、原作を敬いながらみごとに脚色しています。
大ヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』では、チャーミングな大人の恋物語とともに、現代人が抱える価値観への揺れを自然体でアプローチする巧さが光っていました。「たしかに、そうなんだよね」「あ、わかる、その感じ!」と頷きながら、日常の匂いに癒やされたり大人のもどかしさにクスクスできることも作品の魅力です。
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TBS┃『逃げるは恥だが役に立つ』
出演:新垣結衣、星野源、大谷亮平、藤井隆、真野恵里菜ほか
原作:海野つなみ 『逃げるは恥だが役に立つ』(講談社「kiss」連載中)
脚本:野木亜紀子
プロデューサー:那須田淳、峠田浩、宮﨑真佐子
演出:金子文紀、土井裕泰、石井 康晴
音楽:末廣健一郎、MAYUKO
OPテーマ:チャラン・ポ・ランタン 「進め、たまに逃げても」(avex trax)
主題歌:星野源「恋」(スピードスターレコーズ)
生き生きとした日常に心躍った『重版出来!』
『重版出来!』では、漫画編集部という空間が常に気持ちよく開放され、そこから生まれる漫画作品が躍動し、世界へと羽ばたいていく様子が生き生きと描かれました。個性的な登場人物に吹き出しながら、垣間見える彼らの痛みや悩みに寄り添いながら気がつくと彼らを応援している不思議な魅力があります。グイグイと世の中を突き動かす特別な存在ではない人物たちが、苦しんで打ちひしがれるなかから生まれることば(マンガ)の生命力に心が洗われます。追い込まれたとしても、必ずどこからか光が射す風景を常に用意をしていることも野木亜紀子の魅力のひとつ。さりげないものの作品の根底にあるたしかな人間愛と人間賛歌も絶品です。
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TBS┃『重版出来!』
出演:黒木華、オダギリジョー、坂口健太郎、荒川良々、濱田マリほか
原作:松田奈緒子「重版出来!」(小学館「月刊!スピリッツ」連載中)
脚本:野木亜紀子
プロデューサー:那須田淳、東仲恵吾、八尾香澄
演出:土井裕泰、福田亮介、塚原あゆ子
音楽:河野伸
主題歌:ユニコーン「エコー」(キューンミュージック)
物語のスピードを抜群のセンスでコントロールした『アンナチュラル』
不自然死究明研究所を舞台とした野木亜紀子はじめてのオリジナル作品『アンナチュラル』の第1回を観終わったときの衝撃は、今でも鮮明に覚えています。二転三転を含め真相が見えかけたところからスピードアップする物語の展開、その加速に埋もれない登場人物たちの存在、クライマックスのあと間延びすることなく一気に日常に引き返す登場人物たちの働き方、何もかもが新鮮でした。不自然死という重たいテーマをどう見せるか、制作チームのやさしさと温かさをまといながら、強さも癒しも感じられる作品となっています。DATA
TBS┃『アンナチュラル』
出演:石原さとみ、井浦新、窪田正孝、市川実日子、松重豊ほか
脚本:野木亜紀子
プロデューサー:新井順子、植田博樹
法医学監修:上村公一、鵜沼香奈(東京医科歯科大学)
演出:塚原あゆ子、竹村謙太郎、村尾嘉昭
音楽:得田真裕
主題歌:米津玄師「Lemon」(ソニー・ミュージックレコーズ)
濃厚かつ膨大な情報量に野木手腕が光る『フェイクニュース』
ネットメディアのありようを描いた『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』では、SNSへの投稿が浮き彫りにする社会全体を不寛容なムードの不気味さが印象的で、やや実験的な作品とも言えます。全2回の濃厚かつ情報量の膨大な物語のスピードコントロールは難易度が高そうですが、ここでも野木手腕が光ります。緻密な構成に加え野性味と繊細性が調和させた作品の独自性も興味深いものでした。
物語をコントロールしているつもりでも、独りよがりの表現が続くと視聴者を興ざめします。また、わかりやすいばかりだと新鮮さや好奇心に欠けますし、かと言って難解すぎると好奇心が崩壊するんです。野木亜紀子は作品と視聴者の距離感に対する感性が群を抜いていると感じます。それを支えているのは「カン」ではなく綿密な下準備と柔軟性。すばらしい仕事する脚本家であると改めて感じます。
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NHK┃『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』
出演:北川景子、光石研、永山絢斗、矢本悠馬、金子大地ほか
脚本:野木亜紀子
プロデューサー:北野拓
演出:堀切園健太郎、佐々木善春
音楽:牛尾憲輔
エンターテインメントの未来の可能性を見せた『MIU404』
走る伊吹藍(綾野剛)と推理の志摩一未(星野源)を第1回で観たとき、刑事ドラマの原点回帰なのかと思いきや、そこから広がる世界に「さすが!」と感じたことを覚えています。『アンナチュラル』を継ぎつつ、違う角度から事件を照らす視点に脚本の厚みを感じますよね。久住(菅田将暉)という得体の知れない黒幕がこぼした「俺はおまえたちの物語にはならない」に刺されました。それは『MIU404』という物語の中で物語性を拒否したことばであり、誰かの人生を理解するために理由を求めて正解を見出そうとする浅はかさを思い知らされたことばでもありました。脚本家・野木亜紀子がたしかな爪痕を残したことばとも言えます。
作品の魅力は、主人公を中心に60分を終始させないところにもあります。事件の加害者や被害者といった弱者に対して踏み込むには限界があることや伊吹や志摩が無力を実感することに、きれいごとにとどめない”ドラマ”がまさに呼吸しているドラマだったと思います。
ピタゴラスイッチ、まるごとメロンパン号、ドローンといった小道具やリアリティある無線のやりとり、遊び心満載の米津玄師の音楽など、エンターテインメントの色を重ねることで、手に汗にぎるドキドキやワクワクが高鳴る作品づくりは、いつも群を抜いています。
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TBS┃『MIU404』
出演:綾野剛、星野源、岡田健史、橋本じゅん、黒川智花ほか
脚本:野木亜紀子
プロデューサー:新井順子
演出:塚原あゆ子、竹村謙太郎、加藤尚樹
監修:チーム五社(警察)、原きよ子(警察)、國松崇(法律)、上村公一(法医学)
音楽:得田真裕
EDテーマ:米津玄師「感電」
拾い上げるべき部分を懸命に精査しながら登場人物を立ち回らせるのはまさに、野木亜紀子の手腕。既存の手法を更新しながら新しいドラマをつくる彼女は、この先も注目すべき脚本家であることは間違いありません。