なぜ彼はこんなにも”ふつう”を魅力的に見せるのだろう
2020年に公開された温かな恋愛映画『mellow』では、主人公のお花屋さんを静かに穏やかに演じています。特別大きなできごともなく、ちょっと不思議なエピソードはありますが、ありがとうとごめんなさいに彩られた”ふつうの感覚”がやさしく感じられる素敵な作品です。20年以上のキャリアの中で、大河に朝ドラ、深夜ドラマにゴールデン、コメディにシリアスと作品にボーダーを引くことなくさまざまな役を演じながら育んだプロ意識は、私たちの手の届かない存在ではなく、私たちに近しい存在としての俳優・田中圭を押し上げてきました。
36歳という成熟した大人の仕事観と少年のような嘘のない誠実さにハングリーな一面も加わり、俳優という仕事を特別視しない感覚が、作品のなかで”ふつう”を躍動させていると感じます。
心が変化していく過程を鮮明に見せている
多彩な人物を演じる俳優は多いですが、田中圭の場合は、一人の人物の”心の変化”を大小に限らず見せるのが巧いと感じます。顔つきが大きく変わる変化もあれば、観ているこちらが「もしかして変わった?」くらいのさりげない変化もあり、繊細な部分も大事にする演技が魅力的です。『おっさんずラブ』での、自らの気持ちをつかみきれない揺れ動く主人公は、おかしくもありましたが、心が動きはじめている? くらいの芽生えを鮮明に表現し、視聴者を自然に引き込んだことを覚えています。コメディではあるものの騒動で終わらせない見せ方も好感が持てましたよね。
また、映画『相棒シリーズ X DAY』では、田中圭演じる警視庁サイバー犯罪対策課専門捜査官の岩月が、伊丹刑事に対する見方を変化させていく様子がクールな岩月らしく描かれ、作品を豊かにしています。
えぐみを調整しながら演じる悪いやつらがすごい
満面の笑顔と屈託のなさが印象的な田中圭ですが、怖い男、ズルい男、救いようのない男など悪い男を演じても視聴者を引きつけます。悪さ加減もいろいろですが、悪いやつらのえぐみを調整し、なぜか憎めない男から絶対悪まで演じ分けているところも田中圭のすごさを感じます。『東京タラレバ娘』では、既婚者ながら恋する女子の心のすき間にグイグイ付け入る“最高にゲス”なサラリーマン・丸井を演じ、9割の「NO!」と1割の憎み切れない感情で視聴者の気持ちを乱しました。大島優子演じる小雪に対してはもちろん、視聴者に対しても“ズルい男”でした。
『Iターン』で演じたインテリヤクザは、斜め目線の怖い男ではあるものの、怖さを引き上げ犬をかわいがる一面もありましたよね。
『コールドケース2』では、視聴者の希望と絶望をコントロールしながら、最終的には救いようのない悪で終わる男を熱演し、私たちに嫌な汗をかかせました。悪いやつらを演じても、どの作品も「ちょっと田中圭じゃないんだよね」という違和感を1ミリも感じさせないところがスゴイ。
現場を支える若きリーダー役で光る
『健康で文化的な最低限度の生活』では係長として冷静に現場を率いる姿も田中圭の持ち味。『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』では薬剤部の副部長という若いリーダー役を演じ、『おっさんずラブ』でのはじけた演技とはまったく違った魅力を打ち出します。
判断する立場・育成する立場・責任ある立場……いくつもの責務を負う側面をからめながらも、現場で一緒に汗水流す若きリーダー像は、俳優の現場で磨き上げてきた軌跡そのもの。いいリーダー=“ただのいい人”に終わらせないしない巧さも感じられ、ぜひ観てほしい田中圭が詰まっています。
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映画『記憶にございません!』では、まじめで熱いお巡りさんを演じていますが、制帽の被り方、関節のやわらかさ、威勢がいいもの言いなど、彼にしかできない熱演で爪痕を残していて、これもまた、おみごとでした。
この先もさらに新しい田中圭を見せてくれるはず。ワクワクして待ちたいと思います。