私がイチオシするのは「本」ではなく、「図書館」を撮影したドキュメンタリー映画です。タイトルは、ずばり「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」。ここは世界で最も有名な図書館であり、世界中の図書館員の憧れの的でもある場所なのです。
同作の監督は2016年にアカデミー名誉賞を受賞したドキュメンタリーの巨匠、フレデリック・ワイズマン。彼は1930年生まれで御年90歳(2020年現在)。今日に至るまで1年~1年半に1本のペースで新作を発表し、「生ける伝説」とも評されています。
「図書館」を超えた「図書館」の日常
ニューヨーク公共図書館は4つの研究図書館、さらに地域に密着した88の分館を合わせた92の図書館からなります。図書館というと本を探したり、閲覧しに行ったりする場とのイメージを抱くかもしれません。実際、本作でもさまざまな来館者がどのような本を真剣に読んでいるのか、その内容を映しており、映画を見ている私たちはさながら透明人間にでもなって「覗き見」しているかのような気になるシーンもあります。
しかし、この映画で描かれているのは、ニューヨーク公共図書館が「図書館」のイメージをはるかに超え、あらゆる年齢、あらゆる社会階級の人々を対象にした何百もの教育プログラムを提供する情報拠点となり、市民の生活に活かされている様子。例えば、本作で紹介されているプログラムには以下のようなものがあります。
●ロボットを自分たちで作るなど、子どもを対象とした「イノベーション・ラボ」
●高校生が課外授業で図書館の利用方法を学ぶ「ピクチャー・コレクション」
●建設現場や医療センターなど現場で働く人が自らの仕事を説明し求人を行う「就職フェア」
●地域住民のための「シニアダンス教室」
●障害者のための「住宅手配サービス」(障がいのある担当者が、住宅の確保が難しい障害者のために設けられている制度を説明する)
●黒人文化研究図書館での作品展や中国系住民のための「パソコン講座」
●「公共図書館ライブ」(本作ではエルヴィス・コステロやパティ・スミスがゲストで登場)
「図書館は民主主義の柱だ」という発言が登場しますが、この映画を見ているとこの言葉を違和感なく受け入れることができます。
巨匠ワイズマンはインタビューのなかでこのように語っています。「NYPL(ニューヨーク公共図書館)は最も民主的な公共施設なんだ。多様性、機会均等、教育といったトランプが忌み嫌っているものすべての象徴でもある……。」
本作に政治的な意味合いを見出すのもよし、図書館の多様性に感心するのもよし、本館のボザール様式(豪華さ、精巧な装飾が特徴)の建築にうっとりするのもよし。この3時間25分の長編の楽しみ方は幾通りもあります。
図書館があらゆる市民を受け入れる「居場所」に
日本では現在、高齢、児童の分野などで地域における居場所づくりが注目されています。NYPCと規模は大きく異なれど、日本の図書館でも真似できるヒントやアイデアがこの映画には詰まっているのではないでしょうか。デジタル化による本離れが加速する昨今、「未来に図書館は必要ない」との声もあり、大の図書館好きな私としては憂えています。巨匠ワイズマンはこの作品で図書館の大いなる可能性を示してくれたように思います。
DATA
ポニーキャニオン┃『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』
監督・製作・編集・音響:フレデリック・ワイズマン