大劇場、小劇場ともに、時を忘れさせるような舞台・演技が多く見られた2019年のミュージカル界。その中でもとりわけ輝いていた作品と人とは? All Aboutミュージカル・ガイド、松島まり乃が厳選します!
 

作品賞:『ファントム』

『ファントム』撮影:田中亜紀

『ファントム』撮影:田中亜紀


様々な趣向で観客を楽しませつつ、人間ドラマとしても深く掘り下げ、絶妙のバランス感覚を見せたのが、“もう一つの『オペラ座の怪人』譚”として知られる本作。14年版でも主演し、今回は演出も兼ねることとなった城田優さんは、開幕前のロビー・パフォーマンスに始まり、劇場空間をくまなく活用。そのほか火花、雪、スモーク、宙吊り等各所に工夫をちりばめた舞台には、かつて歌舞伎の間口を広げた「スーパー歌舞伎」に通じる、徹底的なエンターテイナー魂が漲ります。いっぽうファントム、クリスティーヌはじめキャラクターそれぞれの葛藤もリアルに表現され、最後の一音が暗闇に吸い込まれてゆくまで、目の離せない舞台となりました。(参考記事
 

再演賞:『キンキーブーツ』

ブロードウェイ・ミュージカル『キンキーブーツ』2019年公演 撮影:引地信彦

ブロードウェイ・ミュージカル『キンキーブーツ』2019年公演 撮影:引地信彦


スタッフ・主要キャストをほぼ同じくした再演舞台で目覚ましい成果を上げたのが、3年ぶりの再演となったこの舞台。倒産寸前の靴会社の跡取り息子とその従業員たちが、ドラァグクイーン、ローラとの出会いを機に変化してゆくさまがさらにテンポよく、かつ緻密に描かれます。“好青年”というばかりではなく、人間くさい跡取り息子チャーリー(小池徹平さん)、傷ついた心を押し隠すように勝気な物言いをするローラ(三浦春馬さん)ら、個性豊かなキャラクターたちが紆余曲折を経て互いを認め合うようになってゆく過程は小気味よく、カンパニーの一体感も格別。とびきり晴れやかな終幕へと観客をいざないました。(参考記事
 

スタッフ賞:池宮城直美『花薗』美術

『花薗』写真提供:舞台芸術集団「地下空港」

『花薗』写真提供:舞台芸術集団「地下空港」


中世日本を舞台に、父を探して深山幽谷に迷い込んだ少女の冒険物語を彩るにあたり、美術・池宮城直美さんが採用したのは、流木。4か所のダムを巡って収集されたそれらは、舞台上で様々なものに見立てられ、そのミニマルかつパワフルな存在感が、観る者のイマジネーションを刺激します。池宮城さんは演出家・伊藤靖朗さんとの対話の中で「記憶、自我、枯山水…」といったキーワードを拾い、流木という案に行き着いたそう。「しがらみの根を絶ち主体性を取り戻す」という作品テーマの解釈の一助となれたら嬉しい、と語ります。自然だけが作り出せる荒々しい美が、虚構の劇世界と見事に融合した例と言えるでしょう。
 

主演男優賞:山口祐一郎『ダンス・オブ・ヴァンパイア』、加藤和樹『ファントム』

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部


再演を重ねるなかで、一つの当たり役を”唯一無二“のキャラクターに昇華させたのが、山口祐一郎さん。ロマン・ポランスキー監督独特の感性で描かれた映画の舞台版において、山口さん演じるクロロック伯爵は5演目の今回、登場の瞬間から日本舞踊を思わせる幽玄のオーラに包まれ、”人知の及ばぬ存在“に信憑性を与えます。また2幕のナンバー“抑えがたい欲望”ではエネルギッシュでありながら虚無を漂わせたその歌唱によって、封建的道徳観からの解放のシンボルとして密かに憧憬されてきたヴァンパイアでさえ、永遠に満たされることはないのだと示唆。深い余韻を残します。(参考記事
 
『ファントム』撮影:田中亜紀

『ファントム』撮影:田中亜紀


ロイド=ウェバー版、ケン・ヒル版と比してもファントム=エリックの背景や内面に踏み込んでいる“オペラ座の怪人”譚『ファントム』で、繊細さの際立つエリック像を見せたのが加藤和樹さん。序盤のキャリエールに対する台詞からはその直前の蛮行とは不釣り合いなほどの心の動揺が浮かび上がり、本作のファントムは畏怖の対象というより心寄せるべきキャラクターであることがわかります。またクリスティーヌとの出会いによって喜びを知った彼がおずおずと、しかし懸命に人生の未知の領域に踏み込んでゆく姿は、“殺人者”という前提があるだけにいっそう悲しく、観る者の心を激しく揺さぶりました。(参考記事
 

主演女優賞:春風ひとみ『壁の中の妖精』

『壁の中の妖精』

『壁の中の妖精』撮影:佐々木重直


スペイン内戦の余波で30年にわたり、想像を絶する忍耐を強いられた一家を描く一人ミュージカル。93年の初演以来度々演じ、今回9年ぶりに上演した春風さんは、風の強い夜に心細さと戦いながら留守番をする少女から、行商で家計を支える母親、少女が”壁の中の妖精“と思い込む人物まで何役も演じわけつつ、一家の30年を時にスリリングに、時にコミカルに語り、歌い、踊ります。一語、一音も抜け落ちない確かな台詞術。捨て鉢になった夫に自死だけは選ばせまいと、妻が自身のセクシュアリティをもって“生きる”方へ向かせようとするくだりの艶やかさが出色です。(参考記事
 

助演男優賞:大山真志『ラヴズ・レイバーズ・ロスト』

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト』写真提供:東宝演劇部

『ラヴズ・レイバーズ・ロスト』写真提供:東宝演劇部


シェイクスピア劇を現代的にアレンジしたミュージカルで、禁欲を誓う若き国王たちをよそに、のびのびと恋愛を謳歌するスペイン人、アーマードを演じたのが大山真志さん。衝撃的ないでたちで登場すると怪しげなアクセントでお下品過ぎるラップをまくしたて、ラテン的(?)な“暑苦しさ”を醸し出しながら場の空気を変えていきます。確信犯的に出番を楽しむ(ように見える)姿は、恋愛“草食””絶食”時代とも言われる現代へのアンチテーゼとして大きな存在感を発揮。その前に出演した『SMOKE』でのシリアスな演技とのギャップに驚かされた方も多いことでしょう。(参考記事
 

助演女優賞:中尾ミエ『ピピン』、保坂知寿『リーファー・マッドネス』

『ピピン』(c)PIPPIN2019 Photo by GEKKO

『ピピン』(c)PIPPIN2019 Photo by GEKKO


中世の王子ピピンの冒険を通して、人生とは何かを問うスティーヴン・シュワルツの名作『ピピン』。今回採用されたダイアン・パウルス演出バージョンでは、スリルとときめきに満ちた青春の日々が“サーカス”の比喩の中で表現されます。王子の祖母バーサとして“楽しもう 残りの時間を大事に”と積極的な生き方をアドバイスする中尾ミエさんは、観客の合唱を促すくだりで余裕を見せつつ、自ら指の先まで神経を行き届かせ、ゆっくりとアクロバットを披露。どの瞬間も愛おしむように生きるバーサと長いキャリアを経てきた中尾さん自身が見事に重なり、胸熱くなるシーンとなりました。(参考記事
 
『リーファー・マッドネス』

『リーファー・マッドネス』


世にも恐ろしい麻薬が引き起こす騒動を破壊的なテンションで描き、2019年一番の(⁈)クレイジーな舞台となった『リーファー・マッドネス』。暴力的な麻薬の売人の情婦で、彼の支配下に置かれ続けるも、最後に爆発するメイを演じたのが保坂知寿さん。麻薬に毒され、情けなくも売人の言いなりになっている間の絶妙なコミカル演技と、男に逆襲するくだりでの、かつて演じた”男装の麗人“役を彷彿とさせる颯爽たる姿の対比が目覚ましく、はちゃめちゃな舞台にみごと演劇的醍醐味が加わりました。
 

運命のカップル賞:春野寿美礼&渡辺大輔、春野寿美礼&廣瀬友祐『ロミオ&ジュリエット』

『ロミオ&ジュリエット』春野寿美礼・渡辺大輔(C)Marino Matsushima

『ロミオ&ジュリエット』春野寿美礼・渡辺大輔(C)Marino Matsushima

 
『ロミオ&ジュリエット』春野寿美礼&廣瀬友祐(C)Marino Matsushima

『ロミオ&ジュリエット』春野寿美礼&廣瀬友祐(C)Marino Matsushima


例年は「ベストカップル賞」ですが、今回は”道ならぬ関係“ということもあり、このタイトルに。深い仲となっているのは、若くして愛の無い結婚を強いられ、満たされない思いを抱えたキャピュレット夫人(春野寿美礼さん)と、大人たちに憎悪を植え付けられて育った甥のティボルト(渡辺大輔さん・廣瀬友祐さんのwキャスト)です。屈折した男女が運命のように引き寄せられ、形ばかり結ばれているという哀しきカップルを、春野さんは人間の心に蠢く悪意を洗練された物腰で表現しつつ、渡辺さんはティボルトの奥底にある純情をちらりと覗かせ、廣瀬さんはシニシズムを漂わせながら、少ない絡みのなかで濃厚に、そして同時に冷え冷えと演じ、強い印象を残しました。(参考記事
 

新星賞:植原卓也(『ダンス・オブ・ヴァンパイア』)、上白石萌音(『組曲虐殺』)

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部


“次代のミュージカル界の牽引者”として期待したいのがこの二人。演じ手の真価はふんだんに見せ場がある“芯の役”より、むしろ”脇役“で作品における立ち位置を心得つつ”きらりと光る“ことで浮き彫りになる事が多々ありますが、その点で抜きんでていたのが、『ダンス・オブ・ヴァンパイア』でクロロック伯爵の息子ヘルベルトを演じた植原卓也さん。主な出番はおそらく10分にも満たないながらも、その時間を一秒たりとも無駄にせず、怪しくも愛嬌たっぷりのキャラクターをきめ細やかに、全身で造型。観客の目を釘付けにしたかと思えば、カーテンコールでは客席に向かって明快に振付指導。変化自在の頼もしい存在となってゆきそうです。(参考記事
 
『組曲虐殺』撮影:宮川舞子

『組曲虐殺』撮影:宮川舞子


信念を貫いた昭和の作家・小林多喜二と彼を巡る人々を描いた井上ひさしの遺作『組曲虐殺』で、多喜二の恋人・瀧子を演じたのが上白石萌音さん。多喜二が弾圧に屈しまいとする日々を淡々と、時にユーモアさえ漂わせながら描き出す舞台で、上白石さんは腕利きの舞台俳優たちに囲まれながらも臆せず、愛情ゆえに自分に触れようとしない多喜二とその家族に尽くす瀧子を無心に、けなげに体現。突出した個性があるわけではない”普通の女性“役に命を吹き込み、名もなき人々がささやかな幸せを奪われる不条理を過不足なく印象付けました。
 

アンサンブル賞:『鏡の法則』

『鏡の法則』

『鏡の法則』


子育てに悩む主婦が、風変わりなメソッドに従い、その原因を探ってゆくオリジナル・ミュージカル。主人公役の樋口麻美さんら実力派俳優とフレッシュな若手俳優たちが、ユウサミイさんの心に寄り添う音楽に包まれながら、日常の小さな幸福のかけがえのなさを生き生きと描き出します。特にヒロインが回想する中学時代の初デートを、人々の往来を絡めながら描くナンバー”イーネ イーネ“の一体感は格別。歌舞伎の見取り狂言のようにここだけ抽出して上演してもいいのでは、というほど瑞々しい数分間となりました。

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。