どこからどうみてもロールス・ロイス
世界最高峰の自動車ブランドがついにSUVを出した、と聞いて、決して驚いてはいけない。むしろ、当然だと考えるべき。それだけ世の中、SUVが乗用車としてフツウの選択肢になったというだけのことなのだから。その名も、カリナン。世界最大のダイヤモンド原石からその名を拝借した。既存のセダン&クーペ系モデルがファントムやゴースト、レイス、ドーンといった幽霊系の名前だったのに対して、いきなり宝石に。とはいえカリナンともなればそれはほとんどまぼろし(幻)で、その幽玄な輝きと底知れぬオーラを想像すれば、なるほど精霊に近い存在と言っていいのかもしれず……。
さて。カリナンは、ブランド専用に新開発されたアルミニウム製スペースフレーム骨格“アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー”を、ファントムに続いて活用した新世代のロールス・ロイスである。 搭載されるエンジンは6.5LのV12ツインターボで、ファントム用と同じ最高出力(571ps/5000rpm)でありながら、最大トルクは850Nm/1600rpmとファントム用よりも50Nm低い値に抑えられた。ファントムのノーマルボディより100kgも重く、EWB仕様(ロングホイールベース)と比べてもまだ50kg重いというのにも関わらず、どうしてカリナンの最大トルクスペックはファントムより低くなってしまったのだろう?
その理由は、ロールス・ロイス初となるSUVにこれまた初めて4WDシステムを搭載するにあたって、低回転域からできるだけ大きなトルクをフラットに供給したかったから、らしい。ロールス・ロイスにとってカリナンは、既存モデルよりもいっそう実用的な存在のため、人や荷物を可能な限り積んだ状態でも過不足のないトラクションパフォーマンスを得るために、なるべく長い時間に渡って十二分なトルクを供給し続けることに重きが置かれた、というわけだ。
エクステリアデザインは一目瞭然、どこからどうみてもロールス・ロイスに見える。サイズは世界最大級と言ってよく、これより大きなSUVを見つけようとすれば、アメリカ産の特殊なモデルを選ぶほかない。 インテリアも、ファントムほどではないけれど、贅沢のひとこと。なかでも注目は、後席ベンチシートの5シーターと後席セパレート仕様の4シーターのいずれかを選ぶことができること。
王家一族ちっくなファミリーユースを味わうには5座がいいけれど、パーソナルユースにはゴージャスな4座がお似合いだ。荷室との間にガラス製パーテーションが備わり、ラゲージスペースがキャビンから完全にセパレートされた。高級SUVモデルのウィークポイントである静粛性に効くこともさることながら、ハッチゲートの開閉による室温変化を抑えることもできる。
ドアを開けようとすると、車高が40mm下がった。キーアンロック操作でも同じように車高が下がる。「ご主人様、お帰りなさいませ」という感じだ。ドライバーシートに座ってしまうと、開いたドアが遠い。手が届かなくても心配は無用。他のロールス・ロイスと同様、ボタンひとつでドアを閉めることができる。ちなみに、観音開きの前後ドアともに内側からのクローザーボタンのみならず、外側からのクローズ機能(ドアノブのボタンに軽く触れる)も備わっている。
ワインディングもオフロードもお見事
赤いエンジンスターターボタンを押すと、精密な12気筒エンジンが静かに目を覚ました。下がった車高も回復して、いざ、ドライブへ。右足に軽く力を加えるだけで、巨体がじわりと動き始めた。動き出すその一瞬だけ重さを感じたものの、そのあとは思いのほか軽快だ。フラットな大トルクが4つのタイヤへとスムースに伝わっているからだろう、ばかでかいSUVであるにも関わらず、ボディとシャシーが一体となって動いているように思える。
大人4人を乗せてのドライブとなったけれど、豊かなトルクの波にさらわれていくような胸のすく加速をみせた。どこかずっと遠くで12気筒エンジンが心地よくまわっている。
静粛性の高さは圧倒的。ファントムに次いで世界で最も静かなクルマだ。パワーウィンドウのモーター音が気になってしまうほどの静寂に包まれてのドライブは、やっぱり幽霊に乗っているかのよう。
なんと、この巨体でもワインディングロードではファン・トゥ・ドライブだった。姿勢は常にフラットで、一体感もあり、キャビンやノーズが遅れて動くこともない。大きさを感じさせないライドフィールはお見事。 もちろん、アメリカ屈指の金持ちリゾート、ジャクソンホールで開催された試乗会ではオフロードコースも用意されていた。スタッフたちが“どこでもボタン”と呼ぶオフロードボタンを押すだけで、オフロードを走る準備は万端。草や瓦礫、ぬかるみの混じったスキーリゾートのサービスロードなんていうジムニー以外では走りたくないような道を、カリナンは粛々と登っていく。ドライバーのテクニックはまるで要求されない。ただただクルマを信じてドライブするのみ。上りのキツいヘアピンコーナーでも、後輪操舵が装備されているため難なくクリアした。
急な山道をクルマで走る際には、上りよりも下りが怖い。オフロードボタンの前にあるヒルディセントコントロールボタンを押して、クルーズコントロールを7km/hあたりにセットすれば勝手に下っていく。
グラベル(砂利道)もけっこうな速度で攻めてみた。2.6トンの塊をいとも簡単に制御してくれるため、滑りやすいサーキットを背の高いロードスターで走っているかのように楽しめた。そんなこと、ロールス・ロイスで実際に試すオーナーなんて、砂漠の王様以外いないと思うけれど、何でもできるということが大切。ただのハリボテにン千万も払うバカはいない。
ちなみに後席の乗り心地も素晴らしく、ファントムのときよりも包まれ感があってボクは寛げた。