『スリル・ミー』(2018)観劇レポート:密室の中で描かれる、人間の心という謎

『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

闇を引き裂くように、ピアノ(朴勝哲さん)が狂おしい旋律を奏で始める。音もなく、客席通路を通って舞台へと上がる、一人の男(成河さん)。(ちょうどこの通路脇の席にいた筆者は、完全に気配のないところからぬっと現れたこの人影に震撼)
 
「座ってかまいませんか」と生気無く問いながら腰掛けたこの男=「私」に、仮釈放審理官が尋問をする形で、物語は始まります。

34年前、犯罪史上に残る殺人事件の罪に問われた「私」は、5度目の仮釈放審理にあたり、「まだあなたが話していない、本当の動機、隠された真実」を言うよう求められる。おもむろに口を開き、つぶやくように歌い始める「私」。「動機と言えばそれは 彼とともに生きていくため」……。
『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

ここで「私」は囚人服を脱ぎ、舞台はそのまま34年前の出来事へとフラッシュバック。

裕福な家庭に育った19歳の「私」は、幼馴染の「彼」に特別な感情を抱くが、人の心をもてあそぶ「彼」に忍耐を強いられるばかり。やがて互いの義務を文書化した「契約書」に血の滴でサインすると、彼のスリルのため陰惨な殺人に手を貸してしまいます。

主従にも似た関係性の2人ですが、犯行後、「私」が犯行現場に眼鏡を落としてしまったことがきっかけで、「彼」の絶対的な自信は少しずつ揺らいでゆく。遂に逮捕された二人に判決が下り、護送車の中で「私」は「彼」にあることを語る。真実に辿り着いた審理官たちが「私」に下した決定は……。
『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

2組の「私」×「彼」役で行われた今回の公演。栗山民也さん演出による、一言の台詞もおろそかにしない緻密な芝居運びは共通していますが、その風合いは見事なまでに異なり、成河さんの「私」は決して純情一辺倒というわけではなく、実はずっと以前から底知れぬ“闇”を抱えてきた風情。「彼」に振り回される日々の描写でも傷つくばかりではなく、“その感情の背後”に何かがある、と感じさせます。

そして前述の護送車の中で、「彼」にあることを話して前のめりになり、「彼」が思わずのけぞる構図。2人の関係性に劇的な変化が起こる瞬間が、背筋の凍るような静けさの中で描かれています。
『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

成河さんの「私」に対して「彼」を演じたのは、福士誠治さん。優秀にして残酷な人物をクールに、ニヒルに造型しているだけに、後半、監獄の中で“怖いんだ”と弱さを見せるくだりでの、これまで繕ってきたものをすべてかなぐり捨て、醜悪な、しかし人間くさいともいえる姿が印象的です。
『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

もう1組は松下洸平さん、柿澤勇人さんコンビ。2011年の初演以来、4度目の共演ということもあってか、互いの全てを知りつくした“幼馴染”感が滲み出、その上で「私」を突き放しては引き寄せる「彼」と、その「彼」に付き合わずにはいられない「私」の関係性に、何重にも捻じれ、歪んだ愛情(のようなもの)が感じられます。

どこまでも「彼」を渇望する「私」と、悪魔的な魅力を放ちつつもその手の届かない存在であろうとする(「私」の記憶の中の)「彼」。寄り添うことのできない関係性の悲劇を、お二人がエネルギッシュに演じています。
『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

『スリル・ミー』撮影:渡部孝弘

2組を見比べ、それぞれに異なる角度から物語を考えてみてもなお残るのが、人間の心という謎。審理官は真実を得たといいますが、「私」の心の奥底を本当に見たのでしょうか。冷え冷えとした感触の中で、いつまでも余韻の残る舞台です。

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