2018年 ミュージカル『タイタニック』観劇レポート
“確かに生きた”キャラクター達を通して、人間を深く洞察する群像劇 *”ネタバレ”を含みますので、未見の方はご注意下さい。場内に入ると、既に舞台中央には設計士のアンドリュース(加藤和樹さん)がデスクワークにいそしんでいる。開演前の場内アナウンスも、一等船室係エッチス(戸井勝海さん)が役名を自称しながら担当。足を踏み入れた瞬間から、観客もまさに豪華客船タイタニック号に乗船したかのような感覚に包まれます。
そこに現れる一人の男(石川禅さん)。アンドリュースと船長たちが設計図を手に、晴れやかな表情を浮かべる様を見て、しみじみと歌いだすこの人物こそは、この船のオーナー、イスメイです。タイタニック沈没事故の裁判に臨むにあたり、彼が回顧する“あの日、あの時のドラマ”という設定のもと(演出・トム・サザーランド)、本編はスタート。
乗客、乗員それぞれのドラマが丁寧に展開 船底で働く機関士、バレット(藤岡正明さん)を筆頭に、船には二等航海士のライトーラー(小野田龍之介さん)や14歳のベルボーイ(百名ヒロキさん)、アメリカ人のバンドマスター、ハートリー(木内健人さん)らスタッフ、そして乗客たちが次々と乗り込んでいく。 貧しい故郷アイルランドを後にし、新天地アメリカでの新たな生活を夢見る3人のケイトたち(小南満佑子さん、屋比久知奈さん、豊原江理佳さん)やジム(渡辺大輔さん)、本来は一等客だが八百屋の息子チャールズ(相葉裕樹さん)と駆け落ちし、二等客として乗船するキャロライン(菊地美香さん)、創業した有名デパートを息子に譲り、悠々自適な生活を送ろうとしているストラウス夫妻(佐山陽規さん、安寿ミラさん)……。 それぞれにバックグラウンドがあり、夢を持つ人々が現れては乗り込んでゆくさまが、20分以上の大ナンバーで描かれ、壮観です(一人数役を演じる俳優たちの早変わりも見事)。この後に起きる悲劇を知っていても、場内に満ちる圧倒的な高揚感に酔いしれずにはいられません。
モーリー・イェストンの流麗な音楽に彩られつつ、1幕ではこうして出航したタイタニック号の船上でのドラマをじっくり、丁寧に描写。乗員サイドでの、“最速”記録を作ろうとプレッシャーをかけるイスメイとスミス船長(鈴木壮麻さん)の攻防や、恋人にプロポーズの電報を出したいバレットと通信士ブライド(上口耕平さん)の交流なども描かれ、船内各所における出来事に視線が注がれます。1幕終盤、踊る乗客たちをよそに、船首では見張り係のフリート(吉田広大さん)が夜の冷気に包まれながら「No Moon」を歌う。どこか憂いをおびた曲調、じりじりと迫りくる“その時”……。
前半とは対照的なスピード感の中で展開する2幕 そして巨大な氷山が彼の目に見えた瞬間から、ドラマは一転、めまぐるしく展開。一等航海士マードック(津田英佑さん)は舵を切って氷山を避けようとするが、非情にも船は6か所にわたって破損してしまう。アンドリュースはイスメイたちに対して、船が2時間以内に沈没すると宣言。54艘必要だった救命ボートは見栄えのため、20艘しか配置されていなかった。船長は女性と子供たちをボートに案内するよう、指示を出す……。
情報が錯綜する中で、慌ただしく船上のあちこちで行われる夫婦・親子の最後の抱擁。ボートの漕ぎ手を巡って男たちの運命が一瞬で入れ変わり、ある者は男性でありながらこっそりとボートに乗り込む。前半とはあまりにも対照的なスピード感の中で必死に生きる人々の姿はリアルこの上なく、観ている側も呼吸を忘れてしまいそうなほど、引き込まれます。しかし船は無情にも、アンドリュースが完璧さを欠いたと自らの設計を悔やむ中で大きく傾き……。
リアルに、思いを込めて役を生きるキャスト その後の様子はボートに乗り込んだ人々の“証言”として次々語られ、舞台上には再び船の出航を待ち、期待を胸に歌う人々の姿が回想として現れる。その中でイスメイが立ち尽くすというのが、今回の幕切れです。このキーパーソン、イスメイ役の石川禅さんが、強欲さから焦燥、混乱、忸怩たる思いまで揺れ動く内面を鮮やかに描写。決して単なる“悪役”として突き放せない人間臭さを見せ、イスメイが死ぬまで背負い続けていかなければならないものの大きさを痛感させます。
“動”のイスメイとは対照的に冷静沈着にことにあたりつつ、痛恨の極みを船長、イスメイとの諍いやラストのナンバーにぶつけるのが、設計士のアンドリュース。演じる加藤和樹さんは初演からの年月で積み重ねた経験が活き、一流の設計士としての理知的なたたずまいに説得力が。また前述のナンバーではいっそうの迫力とともに場面をリードし、作品の“芯”として確かな存在感を放ちます。 ほかのキャストもそれぞれに持ち味を発揮していますが、今回、特筆したいのがブライド役、上口さんとエッチス役の戸井さん、そしてアリス&エドガー・ビーンを演じる霧矢さん、栗原英雄さんです。上口さん演じるブライドには今で言う”おたく”のようなストイックな空気感があり、通信室にこもり、小さな不満を抱えながらも仕事に邁進。そんな彼がバレットに自分同様の不器用さを見出してか、親切な申し出をし、心通わせる姿に微笑まずにはいられません。またその一徹さが、のちに絶望的な状況の中でも、無心に信号を打ち続ける姿へと繋がってゆきます。 エッチス役の戸井さんは、一等船室客係としての流れるような物腰にいっそうの磨きがかかり、淡々とした空気感もまさに“本物”。そんな彼がエドガー・ビーンとの“男同志の会話”など、ちょっとした場面で覗かせる素顔が興味深く映ります。 いっぽう霧矢さんと栗原さんはかたや上昇志向が強く、かたや堅実とタイプが異なり、日常的には小さな衝突を繰り返しながらも、深い愛情で結ばれた夫婦を体現。特に妻を穏やかな笑顔で送り出し、最後に彼女を片腕に抱くようなしぐさを見せる姿からは、一見地味に見えて“本当にいい男”というのはこういう人なのではないか、と気づかされる方も多いことでしょう。 終幕、そしてカーテンコールには実際の事故で亡くなった人々のリストが背後にあらわれ、場内は厳粛な空気に。自らの能力、創造物を過信したゆえの人間たちの悲劇を通して、私たちは何が学べるか。同時に、極限の状況に追い込まれたとき、自分はどんな姿を見せるのか。それぞれに確かに生きたキャラクターたちを通して、観る者も今一度生き方を見つめなおしたくなる群像劇です。