世界最高級サルーンが14年ぶりのモデルチェンジ
14年ぶりにモデルチェンジを果たしたロールス・ロイスのフラッグシップサルーン。開発コンセプトもシンプルで明快、「世界最高のクルマを造ること」。価格はショートが5460万円、エクステンデッドホイールベース(ロング)が6540万円となる
その~に、クルマメーカーの名前を入れろ、と言われたら、ボクは躊躇うことなく、ロールス・ロイスと応える。大方、みんな、そんな感じじゃないだろうか。
ロールス・ロイスは、自動車界の王様だ。世界中の誰もが知っている。だから、泣く子も黙ると言える。高級車として絶対的な存在。同じ高額なクルマであっても、フェラーリやランボルギーニとはまた違って、“憧れ”ようのない存在とでも言おうか。本当に王様レベルの人たちが使うというイメージが強い。
もっとも、最近では、ゴーストやレイス、ドーンといった、パーソナルユースのロールスが人気で、特にオープンモデルのドーンなどは、スーパーカーに飽きた、比較的若いリッチ層にも大いにウケているらしいが、それでもロールス・ロイスと聞くと、やっぱり庶民には畏れ多い存在だ。
ロールス・ロイスは、二人のイギリス人の名字を組み合わせたものだ。フレデリック・ヘンリー・ロイスと、チャールズ・スチュアート・ロールズである。ロイスが作ったクルマをロールズが気に入って売り出したあとに、二人(ともう一人いたが)でロールズ・ロイスという会社を立ち上げた。1906年のことである。
以来、ロールス・ロイスは、時代の先端をいく高性能な高級車を造り続けた。1930年代には、同じ英国の名門ベントレーを吸収。また、第一次、第二次と大きな世界大戦では航空機用エンジンメーカーとしてその名を轟かせている(1970年代以降現在に至るまで航空機用エンジンメーカーとしてのロールス・ロイスは自動車とは別会社だ)。
70年代はじめに倒産の憂き目に遭い(このとき航空機部門と自動車部門を分離)、しばらくは高額な車両を細々と生産し続けるという暗黒の時代を迎えていたが、90年代にBMWとの提携が始まると徐々に安定しはじめる。そして98年には、ついにBMW傘下となって、安定した経営環境のもと生産規模を飛躍的に拡大しているのだった。ちなみにベントレーブランドは03年にVWアウディグループ傘下となっている。
現在の正式名称は、ロールス・ロイス・モーター・カーズ。BMW傘下の英国企業だ。
そんなロールス・ロイスのフラッグシップモデルは、長らくファントムと呼ばれる超大型の高級車だった。初代は1920年代半ばに登場。その後、対戦に寄る中断などもあったが、91年に第六世代のファントム6が生産を終えるまで、ロールス・ロイスの頂点に君臨した。
BMW傘下となって、経営環境に恵まれると、ロールス・ロイスはファントムの復活を決断。03年にファントム7が堂々のデビューを果たし、一躍、世界最高級サルーンの座に躍り出た。今回紹介するファントムは、17年にフルモデルチェンジされたばかりの第八世代ファントム8である。
運転を楽しむか? 極上のリアシートか?
ロールス・ロイスが14 年ぶりのファントムフルモデルチェンジで選んだ国際試乗会の場所は、スイスの有名な湖リゾート地、ヴィッツナウのパークホテルだった。まずは、ホイールベース3.55mの標準ボディ(あえてショートという)の後席に乗り込んだ。海外試乗会の場合、ジャーナリストは二人ずつ組になって割当てられた試乗車へと乗り込む。通常は、ドライバーとナビに分かれてフロントシートに収まるわけだが、今回は違った。カッパーゴールドとホワイトの2トーンカラーも派手派手しい新型ファントム・ショートのドライバー席を台湾人ジャーナリストのエンツォさんに譲って、問答無用に彼をショーファーに仕立てあげたのだった。ファントムというクルマの使われ方が、まずはショーファードリブン(運転手付きのクルマ)として成り立っていることを考えると、当然というものだろう。
包み込むというよりも、姿勢よく座らされている、と言ったほうがいい。それが従来型からのファントムのリアシートの常識だ。けれども、少し背を倒し、フロアのアシ踏み台を上げて背中をシートにゆったり預けてみれば、たちどころにリラックスできた。
エンツォさんがしずしずと走り始める。キラキラと輝く湖畔の道を流している。乗り心地、言わずもがなの、チョー最高。————————気がつけば、いつの間にか湖畔を離れて高速道路を巡航していた。眠ってしまっていたのだ。いかん、起きなければ、と思っても、またすぐに、うとうととする。
ウィンカーの音がかすかに聞こえてきた。目を覚ますと、そこはもう運転交代のためのコーヒーブレークポイントだった。
ショートボディでもそんな具合なのだから、ホイールベースが3.77mもあるエクステンドボディの乗り心地は言わずもがな、だろう。いずれも乗り心地が良いだけでなく、圧倒的に静かだった。室内がとても広かったにも関わらず、前の会話(エンツォさんと通訳さんの台湾語)がよく聞こえる。否、正直にいうと、低速域でははっきりと路面からの突き上げを感じるときがあった。けれども、それは最初のうちだけで、そのうちになぜだか感じなくなってしまう。エンジン音など、まるで聞こえてこない。ドライバーが強めに加速したとき初めて、遠くの方でかすかに、“あれがきっとエンジン音だろう”という程度に、唸っているのが聞こえただけ。ドア側に身を預けてみても、風切り音などまるでない。大きな塊となって、空気を無音で切り開いて走る感覚は、ちょっと異様だ。
タイヤからのパターンノイズもなかった。タイヤのなかにインシュレーターが入っているらしい。それでいて、ちゃんと路面に接している感じはするのだから、間違いなく地に足がついたハンドリングをみせたから、名前の如き幽霊の類ではない。
フラットかつ重厚に乗せられている、と書けば、巨大なクルマなのだから当たり前だろう、と言われそう。けれども、本当にそう書く他ない乗り味だった。カメラ予知によるアクティヴサスコントロールは、特にパッセンジャーに有効だ。ちなみに、リアから吹き出すエアコンの音が最もうるさかった!
“走り”へのこだわりが増した
満を持して、ドライバーズシートに収まる。“ザ・ギャラリー”と称するダッシュボードをじっくり見ようと、ナビのモニターを仕舞い込んだ。どうせしばらくは道なりだ。後席には台湾の二人が乗り込んでいる。裕福なアジア人観光客を高級ホテルまで運ぶといった風情のショーファーをかってでたのだった。後席の会話もまた、よく聞こえてきた。後方から追いかけてくるバイクの音も、はるか遠くから聞こえる。運転席の第一印象も非常に静か、だった。
クルマの動きは、ゼロ発進こそじわっと押し出されるように、優しく粘り気のある精密な制御で走りだす(わずか1700回転から900Nmものトルクを発するが、精妙にコントロールされているのが分かる)が、そこからはもう、ドライバーの意のまま、である。軽快、と言ってしまうと少し語弊があるのだけれど、とはいえ自由に動く感覚があるので、やっぱり軽やかな走りだという他ない。
狭いワインディングロードも、ものともしなかった。新設計の6.75L V12ツインターボは、縁の下の強大な力持ちで、猫なで声程度のうなりを上げつつ、巨体を前へ前へと押し出していく。
ブラインドコーナーから急に対向車が出てきた。慌てることなく対処できる。クルマがドライバーの意思通りに動くという感覚を、ちょっと走り出しただけで掴んでしまえたからだ。信頼感と安心感に満ちている。
これは、いっそう頑丈かつ軽量化なった、新設計のアルミニウム・スペースフレームによるところが大きい。ちなみに、この新設計のスペースフレームは今後、すべてのロールスロイスモデル、SUVのカリナンから、次世代のゴースト系にまで、すべてに使用されるという。それだけ、“走り”へのこだわりが増したと言っていい。社長曰く、「若い世代はショーファーを雇わず、自分でドライブしたがるから」、というのが、そこまで走りにこだわった理由のひとつらしい。
ショートボディを存分に楽しんだのち、エクステンドボディのドライブも試してみた。面白いことに、運転中、振り向きさえしなければ、ショートとさほど印象が変わらなかった。タイトなベントでも、リアステア(最大3度)のおかげで、長さを気にすることなく、がんがん曲がっていける。ドライブフィールは、ほとんど同じ、か、むしろ、ロングボディのほうが安定していて楽しいと思ったほどだ。名所フルカ峠のヘアピンカーブも意に介さない、どころか、エンツォさんなどは、前をいくコンパクトなスポーツカー、アウディRS3をアオリまくっていた。
ショーファーとしても、オーナードリブンとしても、ファントムは最高だ。ガレージにあったとしたら、前か後かで、悩みそう。もっとも、どんなお金持ちでも、一度に両方は楽しめないわけだけれど。