『In This House~最後の夜、最初の朝』
4月4~15日=東京芸術劇場シアターイースト【見どころ】
『In This House』写真提供:conSept
どこか不思議な空気をまとった物語はグラミー賞受賞の作曲家マイク・リードの耳なじみの良い楽曲に彩られ、一晩の物語を90分に凝縮。日本版上演にあたっては演出に板垣恭一さん(『フランケンシュタイン』)を迎え、大劇場で活躍してきた岸祐二さん、入絵加奈子さん、綿引さやかさんに加え、2.5次元ミュージカルに多数出演してきた法月康平さんという、歌唱力に定評のある布陣で取り組みます。
ふだんはスケール感たっぷりの劇世界で活躍しているキャストが、小劇場の濃密な空間で人生の機微をどう演じるか。小規模ではありますが、ミュージカル文化振興のため、先着で学生が無料で観られる「カルチケ」制度、日本語・英語の字幕サービス(聴覚障がい者、外国人向け)に踏み出している点でも注目すべき、画期的な公演です。
【観劇レポート】
謎めいた空気感のなか細やかに描かれる“人生の岐路”に立つ男女の物語
『In This House』写真提供:conSept
しかし男が差し伸べた手を妻は握らず、流れる空気はどこか冷ややか。彼らの間にはいったい何があるのか、そしてなぜ、大みそかの度にここへと戻って来るのか。そこにふと、若いカップルが助けを求めて訪れる。車がスリップし、動けなくなったというジョニー(法月康平さん)とアニー(綿引さやかさん)は、夫妻に快く迎え入れられ、一晩をそこで過ごすことに。
謎めいた夫婦とは対照的に、イタリア系の警官ジョニーとトリアージ・ナースのアニーは、等身大のリアルなカップル。アニーが海外出張から戻ってきたこの日、はじめこそ熱々ムードの二人だが、ジョニーがプロポーズをするなりアニーは大反発。もともとジョニーが育った大家族に憧れてはいたアニーだが、結婚によってキャリアを失うことになりはしないかと不安になっていたところに、ジョニーの父が彼らのために一戸建てを買ってくれた、と聞かされたのだ。一方的に出口を塞がれたと感じたアニーは憤り、二人の溝は、修復不可能なほど深いものに。若き日を思い出しつつ二人を見守っていたヘンリーたちは、そっと言葉を投げかけ、同時に自分たちも小さな一歩を踏み出そうとする……。
『In This House』写真提供:conSept
物語にエネルギッシュな“気”を持ち込むのは、ジョニー役の法月さん。一般的な“イタリア系アメリカ人”像にとらわれることなく、恋人を愛し、彼女との幸福な家庭を夢見ていたが、それだけでは人生は送れないことに気づかされる等身大の男を、表情豊かに演じます。アニー役の綿引さんは透明感がありながらも芯のある歌声はもちろん、歩き方や立ち姿においても世界を股にかけ、災害現場で力仕事も日常的にこなすナースらしさに溢れ、仕事に誇りを持つ女性が突然選択を迫られ、当惑するさまを好演。
いっぽう“年長組”であるルイーサ役・入絵さんはヘンリーとの亀裂を決定的なものとした悲劇のみならず、日々の様々なことがらの蓄積にひたすら耐えてきた女性を、静謐な存在感と力強い歌声で表現。台詞の端々に当時置かれた女性の立場を指摘するような描写が見られ、女性作者(サラ・シュレンジャー)の視点がたぶんに反映された役柄を、深い共感を持って演じています。そしてヘンリー役の岸さんは善良ではあるが、ルイーサとの間に生じた軋轢を取り除くことのできない不器用な男を、“元・スポーツ選手”の空気感を漂わせながら体現。終盤、ジョニーを励ますと同時におそらく自身に向けても歌っているのであろうナンバー“The Wall”では、その雄々しくも温かく、揺るぎない歌声が、ジョニーのみならず観客の心を大きく揺さぶりました。
『In This House』写真提供:conSept
(なお、劇場ロビーでは観劇後、“誰かに(久しぶりに)メッセージを伝えたくなった方のため”、特製ポストカードにメッセージと相手の住所、氏名を書き込んで渡すと、主催者が代わりに送ってくれるというサービスも。作品の余韻が日常生活にも続いてゆく可能性を秘めた、粋な趣向と言えましょう。)
*関連記事 PV撮影レポート、第三回東京ミュージカルフェス「ミュージカル・スペシャルトークショー」“海外ミュージカルの醍醐味”(『In This House』より岸祐二さん、入絵加奈子さん、綿引さやかさん、法月康平さん出演)レポート
『ロマーレ ~ロマを生き抜いた女 カルメン~』
3月23日~4月8日=東京芸術劇場プレイハウス、4月11~21日=梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ【見どころ】
『ロマーレ ~ロマを生き抜いた女 カルメン~』撮影:花井智子
“情熱の女”として知られるヒロイン、カルメン。ステレオタイプなイメージが定着している彼女だが、それは真実の姿なのだろうか。
……そんな疑問を抱いた謝珠栄さん(演出・振付)の探求心を出発点として、ロマ族という彼女の民族的背景にフォーカスした新たな“カルメン物語”が誕生。謝さんがかつて演出したミュージカル『Calli』(作・小手伸也さん)を原作として、高橋知伽江さんが新たに台本・作詞を担当、玉麻尚一さん・斉藤恒芳さん・小澤時史さんの作曲、タイトルロールに花總まりさんという強力布陣にて上演されます。
近年は皇后・王女・王妃と高貴な役柄を演じることの多かった花總さんが、1999年の宝塚歌劇団『激情』以来、久々となるカルメン役をどう演じるか。またドン・ホセ役の松下優也さん、軍人スニーガ役の伊礼彼方さん、夫ガルシア役のKENTAROさん、英国貴族ローレンス役の太田基裕さんと、様々な魅力の持ち主がカルメンに翻弄される男たちを演じるのも話題の舞台です。
【観劇ミニ・レポート】
『ロマーレ ~ロマを生き抜いた女 カルメン~』撮影:花井智子
吹きすさぶ風の中、スペインのとある地方を訪ねたフランス人学者、ジャン(福井晶一さん)。ロマ族の女、カルメンを研究しているというジャンが彼女を知るという老人(団時朗さん)に当時の話を乞うと、老人は渋々、半世紀前の出来事を話し出す。軍人ドン・ホセ(松下優也さん)がたばこ工場で働いていたカルメン(花總まりさん)と出会い、恋に落ちたことで、人生を狂わせていった顛末を……。
『ロマーレ ~ロマを生き抜いた女 カルメン~』撮影:花井智子
ビゼーのオペラ等で広く知られるヒロイン“カルメン”は従来、奔放でふしだらな女ととらえられてきたが、それは彼女が定住地を持たず、地上のどこでも異邦人として蔑まれてきたロマ族(ジプシー)の女であったためであり、真実の彼女の姿は別にあるのではないか。そんな疑問を起点とする本作では、学者ジャンが老人の話を聞き、推論を繰り広げることで、新たなカルメン像を浮き彫りにしてゆきます。
台詞・歌唱のいずれにおいても言葉が粒立ち、清廉な存在感の福井さんがこの学者を演じることで、決して感情的ではないニュートラルな視線が作品に注がれ、その推論には説得力が。半世紀前を語る老人役・団時朗さんの語り・たたずまいにもただならぬスケール感があり、引き込まれます。
『ロマーレ ~ロマを生き抜いた女 カルメン~』撮影:花井智子
そして主人公のカルメン役・花總まりさんは、奔放さはもちろん、軽々とした身のこなしで社会の底辺を生き抜くだけのたくましさ、賢さを表し、ドン・ホセを誘惑する場面では無邪気さをも覗かせて魅力的。物語が進み、ドン・ホセとの愛憎がもつれてゆくと、“民族の誇り”という名の自縛にもがき、そのオーラは哀しみを帯びてゆきます。
男らしい長身ながら甘く切ない歌声の松下優也さんとの相性も良く、カルメンとドン・ホセの出会いが宿命であったことが容易に印象付けられます。権力を盾に強引にカルメンに迫るスニーガ役の伊礼さん、海千山千のロマ族のリーダー、ガルシア役のKENTAROさんもパワフルですが、太田基裕さんが演じる、一見、騙されやすい青年貴族に見えて実はシニカルな切れ者のローレンス役に対照的な面白さが。
『ロマーレ ~ロマを生き抜いた女 カルメン~』撮影:花井智子
表面的な物語の裏に隠されていたカルメンの“真意”に気づかせる幕切れ。切なくも美しい余韻の中に、花總カルメンのシルエットそのもののような、凛とした感触の残る作品です。