メリーが訪れるバンクス家の大黒柱 ジョージ・バンクス役(wキャスト)
山路和弘さんインタビュー
「ボロボロだった人生が、一発大逆転する物語。大人が見ても“文句なしに楽しい”話です」
山路和弘 1954年、三重県出身。1979年に劇団青年座入団。主な舞台は『メリー・ポピンズ』、『喝采』、『江戸怪奇譚』、『かもめ』、『三文オペラ』。舞台『宝塚BOYS』、『アンナ・カレーニナ』での演技に対して第36回菊田一夫演劇賞を受賞。映画(『曇天に笑う』)、TVドラマ(『ナオミとカナコ』『軍師官兵衛』)でも活躍、またヒュー・ジャックマン、ショーン・ペン、ソン・ガンホ、ラッセル・クロウなどの吹替えも担当。(C)Marino Matsushima
「実は僕、ミュージカルは観るのは楽しくても自分でやるとなると恥ずかしい、というタイプでした。ミュージカルって、正面を向いて笑顔を見せるじゃないですか。僕は人前で歌ったり笑うことが出来ない人間で、やれと言われてもいつも逃げていました(笑)」
――今はそうではないのですね。
「まだ少しは恥ずかしさがあるけれど、人間が少し丸くなってきたのかな(笑)。今ではこれが当然なんだな、と思うようになりました。転機になったのは(2005年の)『ファンタスティックス』ですね。“ミュージカルというのはこういうものだ”とわかった上で演じることの楽しさを覚えました。だからミュージカルはまだまだ素人ですよ」
――まさかまさか。例えば1994年に山路さんが主演された『月食』は強烈でした。
「あれはミュージカルと言っても変わった作品で、ニッコリ笑うような作品じゃなかったじゃないですか。いわば“喧嘩腰のミュージカル”で、面白いよと(演出の宮本)亜門さんが誘ってくれたんです。その後、『ファンタスティックス』でミュージカルの楽しみ方がわかって目から鱗が落ちた思いがして、それからミュージカルって面白いと思うようになりました」
――歌やダンスはもともとお得意だったのですか?
製作発表にて、wキャストの駒田一さんと。(C)Marino Matsushima
――今回はどんなきっかけでオーディションに挑まれたのですか?
「事務所から言われて受けましたが、まさか受かるなんて思っていませんでしたね。僕(の実年齢)より若い役でしょうし、僕自身、『メリー・ポピンズ』の世界観からかけ離れたところにいる人間なので(笑)、まあ無理だろうと。もちろん子供の頃に映画版を観てとても楽しかった記憶はありますが、そこに自分が出るだなんて思っていませんでした」
――オーディションではどのような課題があったのですか?
「台詞と、最初の出(登場シーン)のナンバー(の歌唱)ですね。出て来る時の偉そうにしている歌と、妻との関わりが見えるシーン、すべてを切り捨てておさめてゆく終盤のシーンの台詞です。最終審査の前にずいぶん間があったので、これはもう消えた話かなと思っていたら知らせがあって、びっくりしたよね、と(wキャストの)駒田(一)さんと話していました」
――オーディションではその場で細かいリクエストも?
「もちろんありましたね。特に歌に関してはすごく細かくありまして、それは無理でしょう、と思ったこともあったほど(笑)。何が(合格の)決め手になったのか、僕も知りたいです」
――ミュージカル・ファンの中には映画版を御覧になった方も多いと思いますが、舞台版『メリー・ポピンズ』の魅力を山路さんはどうとらえていらっしゃいますか?
「ジョージ・バンクスについての描写が、映画よりかなり増えているのは面白いなあと思いましたね。台本を読みながら、あれ、映画版ではそんなにお父さんって出てきたかな、と思うほど。どう演じるか、楽しみではありますね」
――お父さんが子供たちに対して淡泊である理由について、幼少期のこわ~い体験があることも明るみになりますね。
「人って、小さいころの恐怖体験をけっこう長い間、引きずったりするんですよね。僕も子供の頃の怖い夢を、40代まではよく見ていました。さすがに今はなくなりましたけどね。舞台ではその様子がかなり誇張して描かれているので、どう演じようかと思っています」
――お母さんの設定も映画版とは異なっていて、家族のバラバラぶりがより印象付けられます。
『Mary Poppins』Supercalifragilisticexpialidociousの場面。Photo:Johan Persson
――現時点でお好きなシーンは?
「ジョージ・バンクスがぼろぼろになっていく過程も好きですが(笑)、終盤の銀行のシーンも好きですね。意を決して出かけていったら、人生一発大逆転が起こる。それまで四角四面に生きて来た彼が、殻を破って浮かれていくんです。そのうえで“自分には家族が一番大切”ということになる。楽しい話じゃないですか」
――製作発表ではホリプロの堀義貴社長が挨拶の中で「御覧になったお父さんたちが、それまでより早く家に帰ろうと思うような作品」とおっしゃっていましたが、同感ですか?
「僕自身は家庭を大切にしてきたタイプではないのでよくわからないところもあるけど(笑)、そんな僕でもやっぱりファミリーの大切さが痛感できる台本だと思いました。だから社長がおっしゃっていたこともよくわかりますよ」
――稽古で楽しみにされていることは?
「製作発表で皆さんの歌唱を聴いていて、これだけうまい歌を毎日聴けるなんて幸せだな、と今日思いました。ミュージカルってこういう方々がやるものなんですよね」
――まるで観客のような客観的な視点ですね(笑)。
「今はそういう状態だけど、稽古が始まったらそんなことを言っていられなくなるでしょう。それまではまぁ、いいかなと(笑)。お尻に火が付けば、バンクスのことで頭がいっぱいになってゆくんだろうと思います。でもとにかく、皆さんの歌を聴けるのは幸せですよ」
――ご自身の中で、隠しテーマにされていることはありますか?
「どこまで自然さを生かせるか、ですね。ミュージカルってわりとカリカチュアライズされたものが多い中で、どこまで自然でいられるか。行き過ぎるとお客様は引いてしまうと思うし、どれだけ自分の自然さと繋げていられるか。でないと他人ごとをやってるような気になっちゃって、方向性を見失ってしまうと思うんです。そのあたりを考えて、自分の中で感じながらやれたらいいなと思っています」
――山路さんは吹き替えもたくさんなさっていますが、自分の肉体で演じる場合と、画面の中の演者の声を演じる場合とでは、演じ分けというか、意識も変わるのでしょうか。
「もともと板の人間(舞台俳優出身)なので、それはあまり考えてないですね。声の仕事のときはその人の顔を想像してやっていますが、もちろん自分の肉体で演じたほうがやりやすいのはやりやすいです。まだ声優になり切れていないものですから(笑)」
――今回はどんな舞台を予期されていますか?
「家族連れがいらっしゃる、柔らかい空気の空間で演じられるといいですね。今回は4歳以上入場可ということだけど、そういう舞台はほとんどないので楽しみですよ」
――子供のお客さんたちから「パパ、頑張れ!」という掛け声がかかるかも……。
「いいですね、子供たちに救われてみたいですよ。冒頭の、“子供の相手をしないパパ”みたいな役はよくやるタイプだけど(笑)、最終的にああいう展開になる役はやったことがないですから。子供のファンが増えたら、シメたものです(笑)」
――2014年の『三文オペラ』等、癖のある作品で独自のオーラを放っていらっしゃる山路さんですが、ご自身はどんなミュージカルがお好きなのですか?
「『ファンタスティックス』やこの『メリー・ポピンズ』みたいな夢のある作品も好きですけど、夢がなくてボロボロになるような作品も好きですね。若いころに、シーラ・ディレーニ―の『蜜の味』(1958年に発表された小説。英国地方都市の貧しい娘とその母の確執をリアルに描く)を仲間たちとミュージカル化したことがあったんだけど、暗くて何ともいえないような作品が出来上がりました。今も何か観に行く時には、そういうものを選んじゃうな。『レ・ミゼラブル』とか、好きですよ」
――ジャベール役がはまりそうです。
「苦しいからこそ、(演じると)きっと歓びがありそうな役ですね。つい演じ手の目線で観てしまいます」
――今後もぜひミュージカルにご出演いただきたいです。
「若いころは鼻っぱしが強くてこだわりもあったけれど、今はそんなことはありませんから。いろいろやっていきたいですね」
*公演情報*『メリー・ポピンズ』2018年3月18~24日(プレビュー公演)、3月25日~5月7日=東急シアターオーブ 5月19日~6月5日=梅田芸術劇場メインホール
*次ページで『メリー・ポピンズ』観劇レポートを掲載します!