「いい親」という名の呪縛

からだと心の浮き沈みはある。人間だもの。

からだと心の浮き沈みはある。人間だもの。

今から書くことは、現在もタブーとされている素直な母親の心持ちです。

さて、先月私は体調がどん底となり、立っているのも辛く、半日寝込んでも治らないという日々が3週間ばかり続きました。と、書いてしまうとただの体調不良なのですが、普段の体力が100とするとその時は50ほど。

普段、体力100でもギリギリなので、その時は仕事をするにも子供たちの世話をするにも、満足のいく状態ではありませんでした。

当たり前ですが、母親が体調どん底だろうが、子供たちの要請はやむわけはありません。
この元気を受け止められないときもある

この元気を受け止められないときもある


「見てみて~、だっこして、ご飯のお手伝いさせて、エレベーターのボタン押させて、荷物持って、ご飯食べさせて、おひざに座らせて、お風呂で泡つくって、トイレでお尻をふいて、寝るときはトントンしてこっち向いて、抱きしめて」と2人の子供は間髪入れずオーダーしてきます。


待ったのきかない状態で気づいた本音

自分の心を紐解いていくと見えてくる

自分の心を紐解いていくと見えてくる

子供は元気でよかった~と思いつつ、待ったのきかない状態時にふと思ったのです(以下、心と心の対話)。

『私、子供たちのことは大好きだけど、子供の世話は好きじゃない(!)』

「いやいや、上流階級の貴族じゃあるまいし、生んだ責任もあるし、世話が好きじゃないって放り出すわけにはいかないでしょ。」

『うん、もちろんそれはわかってる。だから放り出すことは、してはいけないんだろうな、と思う。でも、感情にフォーカスすると、子供の世話はやりたくない』

「母親なのに?」

『うん、母親だけど。寿司は好きだけど、握るのは好きじゃない、そんな感じ』

「寿司と子育てが一緒なの?」

『うん、だって感情の問題となれば、どんな事柄でも、好きか嫌いか、興味がないか、に分けられるでしょ?』

「わお……まあね」

というわけで、願わくばお金持ちの夫人や欧米のように、ナニー(ベビーシッター)が主な世話をしたり、ひと昔前の農村のお母さんのように、集団で子育てをする方法は、本当にいいなあと感じたのです(※しかし、農村の重労働には耐えられない不甲斐なさは承知)。

お世話のプロに任せた方が安心できそう

お世話のプロに任せた方が安心できそう



実はみんな思ったことがある!?

そこで試しに上記のことを夫に言ってみると、
「まあ、そうだよな」という返答。
彼も私も同じような心持ちだと分かりました。

さらに学生時代からの小さな子供のいる友人たちに得意のLINEで吐露してみると、「わかる!」「私も~!」のホンネの嵐。ああ、やっぱりみんなそうだったのだ、と安堵感が広がりました。


「子供の世話は好きじゃない」を詳しく掘り下げる

母親なのに!とバッシングされる風潮ですが

母親なのに!とバッシングされる風潮ですが


さらにこの気持ちを紐解いていくと、以下のようなインサイトを発見しました。
・子供を生んだら育てる責任があると思っている
・子供の要請に応えられるいい親でいたい
・でも、心身ともに落ち込んでいるときや、ふとしたとき、逃げたくなる
・逃げる自分はちょっと嫌だし、世間もそれを許さないだろうが、子供の世話ですり減っている自分を感じる
・子供は親の持ち物ではなく、親とは別の人生を歩んでいる人である。子供の成長は喜ばしいが、それは親のおかげではなく、子供の力である

今の世の中は「親の責任」という、外部からはとても手軽な「大儀」をカチッと付けられ、「子供を愛しみ、喜んで育てること」が正しい常識とされています。子供を生んだ私たちも、それを疑わないできたのではないでしょうか。

ですが、気持ちとは常に変化するナマモノで、子供はそれ以上に変化していくイキモノです。親が無意識に自分に課している「当たり前」が、感情とあまりにもかけ離れたとき、ボキッと心が折れてしまうんじゃないだろうか。その生活を全否定してしまうのではないか、と危惧するのです。

だから、湧き上がる素直な感情を肯定したうえで、親の責任と向き合うという大人ならではの対処を選択したほうが、うまく折り合いが付くのではないだろうかと思います。



ひと山超えてみたら

ヤレヤレといったところです

ヤレヤレといったところです

実は、現在体調が回復してこの主題を書こうとしたのですが、私のなかで「体調が悪かった過去のこと」として処理されてしまったようで、なかなか思い出せませんでした(どん底の時のメモを頼りに書きました)。

元気なときはキャパシティが広いので、「子供の世話なんて好きじゃない」とは思わないのかもしれませんね。

でも、きっとまた来るであろう体調最悪の時期に自己嫌悪にならないよう、湧いてきた感情はとりあえず肯定、という方法は覚えておこうと思います。

小さな子供の世話がイヤになってしまったとき、みなさんも「好きじゃないからしょうがないわ」のように割り切れることを祈っています。



※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
※乳幼児の発育には個人差があります。記事内容は全ての乳幼児への有効性を保証するものではありません。気になる徴候が見られる場合は、自己判断せず、必ず医療機関に相談してください。