ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

2017年7~8月の注目!ミュージカル(3ページ目)

この夏は華やかな歴史ロマン『魔都夜曲』やロック・ミュージカルの傑作『RENT』に加え、『アンデルセン』『ひめゆり』『ピーターパン』『にんじん』と、子供と一緒に楽しめる演目が大豊作。開幕後は随時観劇レポートもアップしますので、どうぞお楽しみに!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

アンデルセン

7月15日=相模女子大学グリーンホールを皮切りに、全国を巡演

【見どころ】
『アンデルセン』撮影:荒井健

『アンデルセン』撮影:荒井健

世界中で愛されている“童話の王様”アンデルセンの青春を描く、52年のミュージカル映画をベースとしたミュージカル。『はだかの王様』『みにくいアヒルの子』『人魚姫』など、彼の紡いだ珠玉の物語が、彼自身の知られざる恋の行方とともに語られます。フランク・レッサー(『ガイズ&ドールズ』)による優しい音楽、ふんだんなバレエ・シーン、そしてハンス・クリスチャン・アンデルセンによる童話の物語と、見どころ・聞きどころたっぷり。今回は北海道から首都圏、近畿、九州までかなり広範囲の全国公演。夏休みということもあり、今回は旅行と組み合わせ、旅先で鑑賞というのも一案です。

【ハンス・クリスチャン・アンデルセン役 鈴木涼太さんインタビュー】
鈴木涼太undefined97年研究所入所。『オペラ座の怪人』で初舞台を踏み、後にラウルを演じる。ほか『夢から醒めた夢』『はだかの王様』『キャッツ』『マンマ・ミーア!』『オペラ座の怪人』等に出演。(C)Marino Matsushima

鈴木涼太 97年研究所入所。『オペラ座の怪人』で初舞台を踏み、後にラウルを演じる。ほか『夢から醒めた夢』『はだかの王様』『キャッツ』『マンマ・ミーア!』『オペラ座の怪人』等に出演。(C)Marino Matsushima

――鈴木さんは、生まれて初めて御覧になったミュージカルがこの『アンデルセン』だったそうですね。

「はい、95年の青山劇場でした。僕はもともとピアニストを目指していたのですが、先生に“君、声がいいね”と言われて方向転換し、声楽で音楽大学に入りました。まったく知らないオペラの世界で、この先どうしたらいいだろうと思っていたところ、友人が“こういう世界もあるぞ”と誘ってくれたんです。ミュージカルも劇団四季も全く知らずに観劇したのですが、『アンデルセン』の世界がとても心地よくて、帰ってからしばらく放心状態でした。

それから1か月も経たないうちに『キャッツ』を観劇し、俳優の躍動的なパワーに魅せられ、自分も全力で挑戦する、エネルギッシュな生き方をしたいと思い、大学卒業後に劇団の研究所に入ったのです」

――今回、ご自身が出演者となってみて、この作品の魅力はどういうところにあると感じていらっしゃいますか?

「まずは音楽ですね。かわいらしい音楽から美しいバラードまで、フランク・レッサーの音楽には楽しい部分も、美しい部分もあります。またハンスの恋を軸に描かれるストーリーには彼の童話が登場するので、お子様から大人まで、幅広い年代の方に楽しんでいただけると思います。

クラシック・バレエのシーンも本格的で、劇団内のオーディションで選ばれた俳優がトウシューズを履き、美しいバレエをお見せします。バレエとミュージカルを両方楽しんでいただける作品だと思います」

――アンデルセンの童話は、前半はダンスや歌で表現されますが、クライマックスの「人魚姫」はハンス・クリスチャン・アンデルセン自身が、バレエ・シーンの傍らで自ら語り部となって語ります。“物語り”には、台詞のキャッチボールである“会話”とはまた一味違った難しさがあるでしょうか?
『アンデルセン』撮影:荒井健

『アンデルセン』撮影:荒井健

「それが今回、一番難しいと感じているところです。僕はふだんは人見知りですし、それほど喋るほうではないのですが、ハンスは真逆の性格で、人と会うとお話がしたくなる。しかも次々と物語が溢れてきて、その世界に周りの人たちを引き込んでいく。僕自身も彼の言葉を通してお客様を物語へ引き込めるよう、さらに役を深めていきたいと思っています」

――この舞台を御覧になる方の中には、子供にどうしたら上手に絵本を読み聞かせできるかしらと思っている方もいらっしゃるかと思いますが、何かコツはありますか?

「僕自身も子供の頃、母が『人魚姫』を読み聞かせてくれたことをよく覚えていますが、物語りを聞く人は、“感情”ではなく“言葉”をキャッチして、自分の中でイマジネーションを膨らませていくのだと思います。ですので、そこに書かれている言葉を正しく相手に伝える、それだけでいいのかもしれません。僕もイメージは膨らませますが、あまりパセティックにならず、台本に書かれていることを一語一句正しくお客様に伝えることを意識しています」

――この作品は若きハンスが大きな挫折を経験し、それを乗り越えて“物語の王様”と呼ばれるようになってゆく過程を描いています。いわば挫折体験があったことで彼の人生は豊かになってゆくわけですが、鈴木さんご自身は共感できる部分がありますか?
『アンデルセン』撮影:荒井健

『アンデルセン』撮影:荒井健

「まずハンスの想像力という部分では、子供の頃、一人で家で留守番をしているとき、よく楽しい想像を巡らせていたので、共感できますね。

そして挫折ですが、まず研究所に入ったとき、周りはバレエ経験者が多くて、ダンス経験が無かった僕は苦労しました。劇団員になってからもハードルの高い役を勉強することになって、自分にはできないと決めつけ、前に進めなくなったこともありました。

けれども一番大きかったのは、声のトラブルですね。『ウェストサイド物語』でトニーを演じていた時、突然思うように声が出なくなってしまったんです。何人のお医者様に診て頂いても、声帯には何も異常がなく、原因が分からない中で悩みました。けれどそんな時に、劇団の仲間が“一緒にやろうよ”と、毎日稽古につきあってくれたんです。彼と試行錯誤するうち、元の声に戻るというより、新しい声が出せるようになってきました。それまでは声の響きだけを追求していたのが、役の心理で発声することができるようになったのだと思います。その役が発想した声を出すことの大切さに、10年がかりで気づきました。この経験がなければ物事に対する視野も開けなかっただろうし、苦しみを知ったことは自分にとってマイナスではなかったと、今では思えます」

――声楽科ご出身の方が、思うような声が出せなくなることほど、つらいことはないと拝察します。そんな鈴木さんに寄り添い、一緒に問題を解決しようとしてくれた仲間がいらっしゃって、本当によかったですね。

「そうですね、困ったときに助け合える仲間がいるのが劇団の良さだと思います。僕は(横浜で上演中の)『オペラ座の怪人』のラウルにもキャスティングされていますが、この仲間は今、『オペラ座の怪人』で演出スーパーバイザーを務めていて、とても心強く感じています」

――ハンス役は演じる方によってカラーも変わってくると思いますが、鈴木さんが演じるハンスはどんなハンスでしょうか?

「これまで『オペラ座の怪人』のラウルや『マンマ・ミーア!』のスカイなど、二の線の役を演じることが多かったのですが、このハンスという役はモテる男ではないので(笑)、自分にとっては新しい挑戦です。いかにそのまま、飾らず、自分の中にあるハンスを表現するかが大事だと思います。

演技にはこれがゴールというものがないので、これまで何度も演じた役にしても“100パーセントできた”と思ったことは一度もありません。今回も初のハンス役で、稽古では朝から緊張しています。昨日まで出来ていたことができなくなることもありますが、先輩が“それを今日経験してよかったんだよ、この先に前進があるのだから”と励ましてくださるので、それを信じて、昨日より今日、今日より明日という気持ちで進化していきたいですね」

――今後どんな表現者をめざしていらっしゃいますか?

「生きるエネルギーと思いやりに溢れた舞台という世界の中で、常に役から学び、力強く生きていきたいです。表現者としてはその時の自分に満足することなく、いつも何かを求め、常に変化し続けていきたいと思います。これからもさまざまなことに挑戦し、自分も皆様も知らない鈴木涼太に出会えたらと思っています」

【観劇ミニ・レポート
優しさとイマジネーションに溢れた
“物語の王様”の青春】

『アンデルセン』撮影:荒井健

『アンデルセン』撮影:荒井健

デンマークの小さな町オーデンセで、靴直し職人のハンスは子供たちにひっぱりだこ。楽しい童話を次々と物語ってくれる彼は、子供たちに大人気なのです。しかしそれが教育の邪魔になっていると大人たちに責められ、彼は弟子の少年ペーターとともに首都コペンハーゲンへ。そこで美しいプリマバレリーナ、マダム・ドーロと出会った彼は、彼女への思いから、一つの童話を書きあげるのですが……。

類まれな物語の才能を持つ青年が、挫折を経て自分の生き方をしっかりと見出す。この主筋に、彼が“弱きものたち”を勇気づけようと語り始める童話がふんだんに差し挟まれた本作ですが、この日主人公を演じた鈴木涼太さんは“世の中にこんなに優しい心があるものだろうか”と思えるほど全身から優しさが溢れ、それ故に不器用で、またそれ故に愛されたハンスという人物に説得力を与えています。子供たちや人々と歌い踊るナンバーでも、一つ一つの形が終始丁寧。クライマックス『人魚姫』の物語りにも安定感があり、最後にハンスが報われるくだりで心からほっとさせてくれます。鈴木さんにとってはこれまでにない路線の役とのことですが、意外にも(?)代表作の一つとなるかもしれません。
『アンデルセン』撮影:荒井健

『アンデルセン』撮影:荒井健

ハンスが憧れるマダム・ドーロ役は、その華奢なシルエットがいかにもハンスに『人魚姫』のインスピレーションを与えそうな小川美緒さん。バレエ・シーンではまるで羽根のように軽々と動き、特に泡になって消えゆく人魚姫をつま先立ちの後ろ姿で表現したシーンの儚さには、ハンスならずとも魅入らずにはいられないでしょう。その夫ニールス役は、少々短気で子供っぽいところがあり、ハンスに“不幸な結婚だ”と誤解を与えてしまう役どころですが、演じる松島勇気さんが明るい持ち味を生かし、妻のお尻をたたく仕草もユーモラスにこなすことで、シリアスになり過ぎないようセーブ。バレエ・シーンでは空中で両足を前後にのばす際、地面に着く間際にさらにぐいっと広げるなど、さすがのテクニックをたっぷりと見せてくれます。ペーター役の菱山亮祐さんははきはきとした台詞が少年らしく、校長/編集長役の星野元信さん、船長役の劉昌明さん、オットー役の澁谷智也さんら、ベテランがしっかりと脇を固め、層の厚い舞台となっている点でも見応えは十分。筆者は今回7歳の子と観劇しましたが、ハンスに影響を受けたのか、その後なにかと不思議な“物語り”をするように。イマジネーションを刺激する舞台であることは間違いありません。


ピーターパン

7月24日~8月3日=東京国際フォーラム ホールC

【見どころ】
『ピーターパン』

『ピーターパン』

81年に榊原郁恵さんの主演で初登場した人気ミュージカルが、37年目の今年、大幅リニューアル。ブロードウェイ初演版を訳した88年版の台本・歌詞を用いる今回、演出に起用された藤田俊太郎さんは「飛び出す絵本」をテーマに、観客と出演者が一冊の絵本を開き、物語を楽しむような観劇体験を目指すのだそう。実は5歳の時、生まれて初めて観た舞台がこの『ピーターパン』だったとあって、藤田さんの気合は十分。タイトルロールを演じる新人の吉柳咲良さん、09~11年に出演歴のあるウェンディ役・神田沙也加さんらとともに、“人生の光と影の物語”を楽しく、美しく描きます。なお、今年は3階席の子供料金が2000円とリーズナブルに。「僕は3階のお客様が大好きです。3階席でも物語の中にいると感じられるような演出を考えています」と藤田さんもおっしゃっているので、まだピーターに会ったことのない方もまずは気軽に、3階席で体験してみては?

【観劇ミニ・レポート】
『ピーターパン』写真提供:ホリプロ

『ピーターパン』写真提供:ホリプロ

大小の本がちりばめられた幕。開演前、客席通路では「ピーターパン」「Peter Pan」とプリントされたウェアを着た人々(アンサンブル)が大きな絵本(よく見ると、各国語版の『ピーターパン』絵本)を楽しそうに開いており、子供の観客を見つけると“読んでほしい?”と話しかけたりも。開演時間になると乳母の扮装をした女性(ライザ役の久保田磨希さん)が幕前に登場、指揮棒を振って本作の序曲が優しくスタート。さきほどの人々も壇上に集まり、本を持ったまま心地よさそうに動きます。この“絵本”モチーフは(プロジェクション・マッピングにも使われる)舞台の額縁としても終始観客の視界に入っており、2幕頭で再びライザ役の久保田さんが大事そうに絵本を開いている様子からも、藤田俊太郎さん新演出の大きな起点であることは明白。イマジネーション溢れる絵本の世界へ、観客を自然にいざないます。
『ピーターパン』写真提供:ホリプロ

『ピーターパン』写真提供:ホリプロ

ある夜、無くしてしまった影を探しにダーリング家を訪れたピーターは、ウェンディとジョン、マイケルの3姉弟に出会い、いつまでも子供でいられる“ネバーランド”へと招待。10代目の新・ピーターパン役・吉柳咲良さんは13歳ということで、大人でも子供でもなく、また衣裳の助けもあって中性的な風情が不思議な存在感を醸し出します。ウェンディ役の神田沙也加さんは、可憐であると当時にしっかり者のママのオーラも漂わせ、ピーターが“僕のお母さんになって”と願うのも納得。鶴見辰吾さんはダーリング氏役にユーモア、フック船長役に色気を滲ませ、ダーリング夫人役の入江加奈子さんは明瞭な子守唄で(ピーターたち相手にお母さんごっこをするウェンディより一回り大きな)お母さん像を体現。また海賊役の一人で萬谷法英さんが軽妙なコミカル演技を見せています。

藤田さんに以前、お話をうかがった際、『ピーターパン』はピーターパンのみが主人公というより、ピーターパンとウェンディのお話としてとらえている、と語っていらっしゃいましたが、なるほど今回の演出では、ウェンディが担当するラストがひときわ余韻を残すものとなっています。台詞にない部分を表現する神田さんの立ち姿から何を感じるか……。観る人がどれだけ“子供の時代”から年月を経たかによって、それは異なって来るのかもしれません。

*次頁で『にんじん』をご紹介します!
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