お値段約3億円!! 開発テストドライバー同乗の贅沢な試乗
世界最速の超高級車、ヴェイロンの後継モデル。1500馬力の8L W16クワッドターボを搭載し、0-100km/h加速2.5秒以内、最高速420km/h以上。世界限定500台、価格は240万ユーロ(約2億9000万円)とされた
筆者に与えられた個体は、薄めのゴールドとカーボンブラックのコントラストも鮮やかな一台で、コイツをランチの後から夕方まで、独占できるというわけだった。
通常の海外試乗会というと、同じ国のジャーナリストや編集者が二人一組になり、途中でドライバー交替を繰り返しながら設定されたルートを走ることが多い。けれども、今回、日本から参加したのは筆者ただ一人。ナビゲーター(兼お目付役)には、贅沢にもブガッティの開発テストドライバーが同乗してくれることに。
その名前を聞いて、驚いた。アンディ・ウォレスとロリス・ビコッキ。アンディは、トヨタにも乗っていたから日本でもお馴染みのレーシングドライバーだ。マカオGPやル・マン24時間レースの優勝経験もある。
一方、ロリスは、スーパーカーの世界では有名なプロフェッショナル。70年代にランボルギーニで活躍。後に“カンポガリアーノ”のブガッティ、さらにはパガーニやケーニグセグの開発にも関わっている。
現在、二人はブガッティの契約テストドライバーとして、開発現場をサポートしている。というわけで、ボクの隣にはアンディが座ってくれることになった。PRのレディ曰く、「彼は片言の日本語を話す」というのがその理由だったらしいけれど、案の定、ほとんど忘れていた。
助手席の気分はまるでラグジュアリーカー
まずは、アンディが見本のドライブ。ポルトガル郊外のカントリーロードは、一見きれいなように見えて、その実、アンジュレーションが多く、ところどころ大いに荒れている。そして、広くはない。スーパーカーを走らせる、しかも1500馬力で幅も広いモデルにとっては、決して適しているとは言えない環境だったにも関わらず、アンディはまるでアウディTTでも転がすかのように、あっけなく走り出す。もっとも、横に乗った筆者にしたところで、贅沢な素材に囲まれたゴージャスな空間に、ソリッドながら素晴らしい乗り心地と、ノイズや振動の類もきっちり抑えられた快適な走り様に、気分はまるでラグジュアリーカーの助手席だ。
先代に当たるヴェイロンも、スポーツサルーン感覚でドライブできるスーパーカーだとよく言われたが、ヴェイロンがスポーツサルーンなら、シロンは完全にラグジュアリーサルーン感覚である。快適性の面でも進化の幅は相当なものだと言っていい。
アンディはどんどん速度を上げていく。オーバースピードでコーナーに入っても全く大丈夫、と、実演してみせる。確かに車体はフラットな姿勢を保ったまま、路面に張り付くようにしてコーナーをクリアしていった。かなりの横Gだったが、不安などまるで感じない。すさまじい信頼感だ。一旦停止からのフルスロットルでは、首が折れるかと思ったほど。背中がシートに張り付き、身体の自由が奪われる。それでも尚、ジェットコースターに乗っているときのような、“信頼に基づいたスリル”を感じただけだ。
ドライバーが、シロンを知り尽くしたプロである、というだけじゃない。クルマそのものの信頼性の賜物だろう。
その動きはもはや“ライトウェイトスポーツ”
ライブプログラムモードを装備、EB(フルオート)など5つが選択できる。通常最高速は380km/h、2つ目のキー(スピードキー)を用いたハイスピードモードでは最高速420km/h(リミッター作動)を可能とする
いよいよボクの番だ。「クルマの動きに慣れるまで、自分のペースで落ち着いて走れ」、とだけ言って、アンディはもったいぶることなく席を替わる。
ゆっくり走り出す。1500馬力に1600Nmなどという桁違いの最高パワー&最大トルクスペックを思い出すと、脳みそと右足もついつい緊張してしまうけれども、そんなことなど忘れて、フツウのオートマチック車をフツウに転がすように走り出せば、案の定、シロンは拍子抜けするくらい、穏やかに走り始めた。ヴェイロンよりもいっそう、従順で快適だ。
石畳の道も気にせずに進む。シロンじゃなくても、アクセルとブレーキともに繊細なペダルタッチで走らなければならないが、まるでフツウに、とぼとぼと走ってくれた。街行く人が、それを見て、不満そうな表情をみせる。
微妙な操作にも実に正確で優しい反応しか見せず、ごくまれにギア選択を悩んで“バゥ! ”っと唸ることもあったが、総じてパワートレーンの躾が行き届いているという印象を受けた。世界最速のスーパーカーの動きであることを思い出せば、もはやそれは感動と言っていいレベルだ。
車体との一体感にもすさまじいものがある。ボディやパワートレーン、シャシー、サスペンション、タイヤを、バラバラと感じさせない。すべてがこつ然一体。そういう意味では、このシロンもまた、正にVWグループのクォリティ。ある意味、その信頼感こそが最大の魅力なのかも知れない。
車幅が2mを超えるというのに、狭いカントリーロードでも意に介さず、器用にこなす。車両感覚が掴み易いということもまた、一体感の恩恵だろう。
そのうえ、ステアフィールもまた、実に正確かつ自然である。ドライバーの意思に、これほど忠実な動きをみせるスーパーカーも珍しい。初期型のヴェイロンは直線番長的だったし、後期の1200馬力スーパースポーツになってから多少、ハンドリングマシンへと変身したものだが、シロンの動きは最早、ライトウェイトスポーツと遜色ないもの。ちなみに、シロンには新たにアダプティヴシャシーコントロールという車両制御システムが搭載されており、5つのモードから好みのドライブフィールを得ることができるが、そのひとつが何と、ドリフトモードだった。今回は、ハンドリング性能に自信のある証拠と言っていい。
よくまとまったクルマだから、動きに慣れるのに大した時間はかからない。さすがにアウディR8のようにはいかないけれども、ランボルギーニアヴェンタドールよりはずっと短い時間で慣れることができた。
スピード感はフツウのスポーツカーのおよそ半分
徐々にスピードアップ。すさまじいスタビリティの高さに仰天する。スピード感は、フツウのスポーツカーのおよそ半分といったところ。100km/hくらいの感覚でクルーズしていると、実際には軽く200km/hオーバー。しゃかりきに高性能を試さずとも感動できる。それこそが、本当によくできたスーパーカーの証というものだろう。
アンディの許可を得て、長い直線路でシロンをいちど停め、ローンチコントロールは使わずに、マニュアルモードでフルスロットル。シフトアップはクルマに任せて最高回転域で繋いでいく、というパターンで加速した。
その加速の凄さを、どう表現したものか。身体中の血液が後頭部や背中に張り付いて、そのまま破裂するんじゃないか、と思ったほど。にもかかわらず、恐怖心はさほどない。メーターを見る余裕こそないが、アンディとはちょっとした会話もできた。しばらくフルスロットルを続けていると、アンディが叫ぶ。
「ストップ!」
ブレーキを強く踏んだ。強烈な減速Gを伴って、あっという間にクルマが平常心を取り戻す。ドライバーもまた然り。加速も減速も、ともに素晴らしいという性能は、速いクルマの必須条件だ。
試乗の途中でガソリンスタンドに寄った。アンディが、センターステーに並ぶ小さなメーターのボタンを押す。上から順に、7250rpm、320km/h、1150ps、とあった。本日の記録、であった。