ファントム役・佐野正幸さん
クリスティーヌ役・山本紗衣さん
合同インタビュー「『オペラ座の怪人』
音楽の“秘密”探求の楽しみは尽きません」
(中盤までは報道各社からのご質問です)『オペラ座の怪人』怪人役候補・佐野正幸さん、クリスティーヌ役候補・山本紗衣さん(C)Marino Matsushima
佐野正幸(以下・佐野)「神奈川のKAATでやるということが今回の目玉と言いますか、KAATという劇場でやるファントム、僕もすごく楽しみにしています。この作品の見どころは、僕はやはり音楽だと思うんですね。ロイド=ウェバーのこの音楽とは向き合って20数年、もうすぐ30年になりますけれど、いまだに新しい発見があります。今回の公演は音楽に潜んでいるドラマを一つ一つ解明し、表現していきたいです」
山本紗衣(以下・山本)「私自身神奈川の出身で、この劇団も横浜の劇団ですので、私の地元でもあり劇団の地元でもある神奈川県横浜で公演が出来るということを、とても楽しみにしています。見どころは、音楽については佐野さんがおっしゃったので、私からは“衣裳”。客席からは細かいところまでは見えないかもしれませんが、メインキャラクター以外のアンサンブルの衣裳もとても凝っていて、例えばスカートの中の見えない生地まで柄が違っていたり、帽子も一つ一つ形が違いますし、そういうところまでチェックしていただけると、本作の衣裳がとても好きな私としては嬉しいです」
佐野「この作品は初演から30年ということで、30年間見続けて下さっている方もいらっしゃるでしょうし、今回が初めてというお客様もたくさんいらっしゃると思います。だからどちらのお客様にも向けて、古くから観てくださっている方には“今回はこれまでとはまた違うファントムになったな”と思っていただけるようにしたいですし、初めての方にはこの作品の“すごいらしい”というキャッチコピーそのままだな、と思っていただけるようにしていけたらと思います」
山本「横浜はKAAT周辺を含め、観光スポットがいろいろあるので、『オペラ座の怪人』を観て横浜を楽しんでいただいたり、逆に本作を知らない方に、横浜観光の折に「あ、『オペラ座の怪人』をやってるんだったら観てみてみようかな」と、街をきっかけに観て頂けたら嬉しいなと思います」
――佐野さんは初演から本作に出演されていますが、今回、進化させたい部分は?
『オペラ座の怪人』稽古より、クリスティーヌの仕打ちに傷つくファントム(C)Matino Matsushima
今回、ファントム役は昨年の名古屋公演以来、まるまる一年やっていなくて、その間『美女と野獣』のビースト役をやったりしていたのですが、1年間本作から離れたのは今回が初めてだったので、自分の中で物凄く新鮮なんです。1年間の間に別の役で培った経験値が今回のファントムでどう出るか、それを観てお客様がどう進化したと判断して下さるか、が楽しみです」
――お稽古は順調ですか?
『オペラ座の怪人』稽古より。ファントムの内面の“揺れ”が見逃せない「ポイント・オブ・ノーリターン」。(C)Marino Matsushima
山本「私は初舞台がこの作品でしたが、ここのところ他の作品に出演していて、やはり『オペラ座~』に関わるのが1以上ぶりなので、とても新鮮に感じています」
佐野「(山本さんに)初舞台の時は何をやったの?」
山本「(劇中オペラ)『ハンニバル』のお姫様です」
『オペラ座の怪人』稽古より、迫力あるオペラシーンが楽しめる「ハンニバル」。(C)Marino Matsushima
――ちなみに、何代目のファントムですか?
佐野「9代目です。全部で12代目までいますが、30年近くの上演で12人しかやってないというのは少ないと思いますね。クリスティーヌはもっといるかと思いますが」(←注・クリスティーヌはこれまでに25人おり、山本さんは24代目。ちなみに佐野さんは3代目ラウルでもある)
――無声映画をはじめ『オペラ座の怪人』にはいろいろなバージョンがありますが、その中でこのミュージカル版の魅力は?
山本「ロイド=ウェバーの音楽がよりドラマを引き立ていると思います。本作の音楽が大好きなので、それに尽きるといっても過言でないと思います。このドラマはそう簡単ではなく、全員が全員、いろんな思いが交錯して悩んで苦しんで、という作品ですが、一人一人の思い、感情の動き、成長がロイド=ウェバーの音楽によってさらにロマンティックに描かれてると思います」
佐野「映画などではホラー寄りになっているものも多くて、ラウルが殺されちゃう映画などもありますが、ミュージカルではラストが異なります。このミュージカルについて僕が一番好きなのは、結末が固定されず、観る人が最後、ファントムがどうなったのかを様々に推測できる点。悲劇に映る人もいるでしょうし、僕の中にはある種ハッピーエンドと映るときもあります。クリスティーヌに自由を与えて、彼女を幸せにすることで自分も浄化したという、そういうハッピーエンドという観方もできます。いろんな見方ができるのがこの作品の魅力だと思います」
――30年やっていらっしゃる中で、舞台装置などハード面はいろいろと進化したと思いますが、それによってできるようになったことなどはありますか?
『オペラ座の怪人』セット模型。吊り物と床のキャンドル等の位置を調整するのに透明の枠組み部分「グランドサポートシステム」が欠かせないのだそう。(C)Marino Matsushima
舞台監督の方「パリのオペラ座を再現するという、オリジナル版美術のマリア・ビョルンソンさんの思いをきちっと守ったものにはなっています」
佐野「見た目は全く変わってないですけれど、中身はろうそくがハイテクになったりと、いろいろ変わっています」
――これまでは劇団四季の専用劇場でしたが、今回はKAATで上演ということで苦労された部分もありますか?
舞台監督「そもそも本作のセットは規制の劇場に入れるということが難しいデザインですが、KAATは専用劇場以外では(寸法などで)最もやりやすい劇場です」
ロイド=ウェバー音楽に隠された“秘密”とは?
(以下の質問はすべて筆者・松島によるものです)
『オペラ座の怪人』稽古より、「スィンク・オブ・ミー」で才能を開花させるクリスティーヌ。(C)Marino Matsushima
佐野「いっぱいあります(笑)」
山本「私が序盤に歌う『スィンク・オブ・ミー』も半音から始まって“忘れないでいてね 過ぎし……”のあたりですとか、半音がたくさんあって難しいんですけど、半音って完全じゃないじゃないですか。一音だときれいに聞こえるけど、半音は不安定で、でもどこかミステリアスでという効果もあるので、多用されているのだと思います。それと、この作品ではオーケストラと半音違いで延ばさないといけないところがあるんです。歌は半音下で、ずっと不協和音でぶつかりながら延ばさなくちゃいけない、とか」
――例えばどの曲でしょうか?
『オペラ座の怪人』稽古より「ポイント・オブ・ノーリターン」(C)Marino Matsushima
佐野「あと、ロイド=ウェバーは変拍子を使うのがうまいんですよ。普通は2拍子とか4拍子のところに、奇数拍子を持ってくる。例えば一幕のマネジャーのシーン、フィルマンさんとアンドレさんのかけあいの部分は、16分の15拍子。普通だったらタタタタ、タタタタ、タタタタ、タタタタですね、それがタタタタ、タタタタ、タタタタ、タタタ“タタタタ”……と続く、これが15拍子。これもやはり、二人の心理状態の“不安定さ”を表現しているんです」
『オペラ座の怪人』稽古より、「ハンニバル」で踊るバレエ・ダンサーたち。(C)Marino Matsushima
佐野「うまいんですよ。ノッキングを起こさなければいけないから、やるほうは大変ですが(笑)」
――ほかの作曲家はあまり使わない手法なのですね。
佐野「15拍子というのは聞いたことがないですね。あとは7拍子というのがあります」
山本「ロイド=ウェバー作品と言えば変拍子、という感じはしますね」
佐野「もう一つ、僕、最近譜面を見直して思っているのが、モチーフの使い方がロイド=ウェバーはうまいんですよね。この作品では、同じモチーフがものすごくたくさん使われている。お客様が観終わって耳にメロディが残っているのは、作曲家が同じモチーフを多用しているから。そしてそれは、意義のあるモチーフなんです。
『オペラ座の怪人』稽古より、ブケーが“そんな目で~”と歌うシーン。(C)Marino Matsushima
山本「“ふしぎなことが~”」
佐野「と、クリスティーヌのモチーフになっていく。このメロディはおそらく“ファントムがそこにいるぞ”というときのメロディなんです」
――気配?
佐野「気配、彼の存在ですね。そこでファントムを感じさせる時に必ずこのモチーフが登場するんです」
山本「(劇中オペラである)二幕の『ドン・ファンの勝利』にも“殿様は今~”でこのモチーフが登場するのも、ファントムが書いたメロディだから。彼の気配があると必ず出てくるんですね」
『オペラ座の怪人』稽古より、クリスティーヌとメグ・ジリー(C)Marino Matsushima
――分類、分析が楽しいですね。
佐野「もちろんそうですね。僕自身、いまだに分析するのが楽しいです。あ、こんなところにこんなのが使われてる、と。例えば、譜面を見ないとわからないことですが、“静かに 広がる闇……”と歌う、(ファントムがクリスティーヌへの愛を歌う)『ミュージック・オブ・ザ・ナイト』というメインの曲がありますが、これがシス・ドゥア(Cis-dur 嬰ハ長調)で書かれているんです。譜面で見るとファ・ド・ソ・レ・ラ・ミ・シと、シャープが7個もついている。シス・ドゥアの譜面って、なかなか無いんですよ。シ・ミ・ラ・レ・ソのフラットのデス・ドゥア(Des-dur 変ニ長調)にすればいいものを、なぜかシス・ドゥア。
『スィンク・オブ・ミー』で幼き日のクリスティーヌとの思い出を蘇らせるラウル子爵。(C)Marino Matsushima
山本「(興味が)尽きないですね」
佐野「尽きないし、楽しいです!」
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……と、終盤は音楽大学出身の本領発揮、本作の音楽について生き生きと語ってくださったお二人。特に、本作に30年近くも関わりながら今もなお探求を続けておられ、「あと2時間は語れますよ」と芯から楽しそうな佐野さんのご表情に、『オペラ座の怪人』という作品の奥深さが改めて感じられたのでした。『オペラ座の怪人』モチーフ研究、観劇を挟んでぜひ追々、行ってみたいところです。
*公演情報『オペラ座の怪人』2017年3月25日~8月13日=KAAT神奈川芸術劇場〈ホ
ール〉