『キャバレー』観劇レポート
夢、欲望そして別れ。
人生のさまざまが凝縮された「キャバレー」
『キャバレー』撮影:引地信彦
サイレンが鳴り響き、数人の男たちが逃げ込んでくる。片隅に隠れた一人(片岡正二郎さん)がバンジョーを見つけてつまびくと、背後のポスターから怪しげな白塗りの男、MC(石丸幹二さん)が現れ、“ヴィルコメン”を歌いだす……。
各国の舞台版に映画版と、バージョンによってさまざまな趣向で上演されてきた『キャバレー』ですが、今回の松尾スズキ演出版では、ナチスによるユダヤ人や同性愛者排斥の嵐が吹き荒れる時代(ヒトラー率いるナチ党が全権を掌握した1933年以降と思われます)に、追われる男(おそらくは同性愛者)が、キャバレー文化が花開いていたほんの数年前のベルリンを束の間、懐古するという“入れ子形式”で展開します。
『キャバレー』撮影:引地信彦
アメリカから小説の執筆のためにベルリンを訪れたクリフ(小池徹平さん)は、列車の中で得体のしれないドイツ人エルンスト(村杉蝉之介さん)と知りあい、キャバレー“キットカットクラブ”に案内される。やがて英国人の歌姫サリー(長澤まさみさん)と恋に落ちるが、下宿の大家ミス・シュナイダー(秋山菜津子さん)の恋が阻まれる一件でエルンストの“正体”を知り、ベルリンに恐怖の時代が迫っていることに気づかされる……。
『キャバレー』撮影:引地信彦
時代の変化に気付く人、気づかない人、気づいてはいてもそれを認められずにいる人々がないまぜとなって繰り広げる、自由で寛容な時代の最後の宴。確かに実在する人物のようでもあり、冒頭の男が見る“幻影”のようでもある絶妙の浮遊感を行き来する石丸幹二さんはじめ、キットカット・クラブの面々は毒々しさ全開に歌い踊り、差別を皮肉ったナンバーでも“上品な風刺”ではなく、アグレッシブな心意気を発してゆきます。
『キャバレー』撮影:引地信彦
“巻き込まれ型”主人公クリフ役の小池徹平さんは現地の人々の台詞に鋭い間合いで突っ込みを入れ、劇世界の人々と現代的感性を持った観客を橋渡し。ベルリンに来る前にはロンドンでゲイ・クラブにも通っていたというバイセクシャルの設定からか、決してナイーブではなく、どこか“冷めた”空気を醸し出します。“宴”とは別世界でつつましく生計をたてつつ、少しずつ距離を縮めてゆく大家役・秋山菜津子さんとユダヤ人果物商シュルツ役・小松和重さんは、1マルクも無駄にせずに生き抜いてきた堅実さと、卑猥な話題で戯れる一面、そのどちらにもリアリティがあり、その後訪れる悲劇を際立たせます。
『キャバレー』撮影:引地信彦
そして歌姫サリー役・長澤まさみさんは、話題となった露出度の高い衣裳で肉感的にショー場面をこなしつつ、この時代に海外で、仕事を持つ女性として生きてきた誇りを十分に理解されず、クリフとの恋をあきらめざるをえない過程を、特に後半の確かな台詞術で浮き彫りに。政治色が前面に現れがちな本作に、女性のキャリアと結婚という現代的(当時においては先進的)テーマが内包されていることもしっかりと印象付けます。
『キャバレー』撮影:引地信彦
クリフとサリーの物語が語られた後、MCは再び広告の中へと戻って行き、男は現実に引き戻されて呆然とする。ナチス政権前夜、そしてナチス時代と時代設定は確かに明らかな舞台ですが、“人生は一瞬の夢”という、普遍的な儚さも漂う幕切れです。
『キャバレー』撮影:引地信彦
*次頁で17年7月のコメントを追加掲載!