『ミュージカル・ライブ イチラス!』
10月3~4日=ヤマハエレクトーンシティ渋谷3階メインホール『イチラス!』
“イチラス”とはミュージカルの業界用語で、「一幕最後のナンバー(およびそのシーン)」。前半のクライマックスを担う名曲の数々を音楽監督の宮崎誠さんが厳選、実力派スターたちが歌うというコンセプトで昨年初演。大好評を受け、奇跡の再演が決定しました。前回出演の井料瑠美さん、樹里咲穂さん、坂元健児さん、一和洋輔さん、光枝明彦さんに加え、今回は彩乃かなみさんも(4日夜公演のみ)ゲスト出演します。
恐らくミュージカル界で最も有名なイチラス(『レ・ミゼラブル』のあの曲)はもちろん、出演者ゆかりの大作、名作ナンバーがずらり。劇団時代のお話が聞ける(かもしれない)トークタイムも聴きどころですが、ミュージカルファンならぐっと来ずにはいられないのが、最後の最後。「そうか、この曲で〆ますか!」という驚きとともに、日本のミュージカル界をいっそう応援したくなる、素敵なセンスの選曲を、どうぞお楽しみに!
【観劇ミニ・レポート】
『イチラス!』
『井上智恵 CONCERT』『ミュージカルトーク&コンサート』
『井上智恵CONCERT Thank you for the mYOUsic』より
【見どころ】
確かな歌唱力と演技力で『サウンド・オブ・ミュージック』『エビータ』をはじめ、数多くの劇団四季ミュージカルでヒロインを勤めてきた井上智恵さん。昨年の退団後、1年のブランクを経てこの秋、本格的に再始動します。
まずは9月、丸の内ミュージカル研究会とGOOD DESIGN Marunouchiの共同主催で行われる"INVITATIONS" VOL.3ミュージカルトーク&コンサートへの出演。これまでの歩みや今後の抱負などを語り(聞き手・松島まり乃)、歌唱も披露。7時半~8時半という早朝のイベントですが、井上さんの美しいソプラノ・ヴォイスで爽やかな一日のスタートを切れることでしょう。そして10月にはいよいよ本格的なコンサートが登場。同じく劇団四季出身の李涛さんや中井智彦さんをゲストに、宮崎誠さんを音楽監督に迎え、井上さんご自身が構成・演出。彼女の思いが溢れるプログラムとなりそうです。
【イベント・レポート】
手先まで美しい井上さんの動きを見ながら、皆で楽しく実践した「Y's体操」。子供から高齢者まで様々な層に好評だそう。(C)Marino Matsushima
10月のコンサートに向けては、『アラジン』『アナと雪の女王』の高橋知伽江さんが新たな門出を祝し、井上さんが『エビータ』を演じる際に聴いていた映画版の「You must love me」に、訳詞をしてくれたのだそう。今後は「女優」に加えて「プロデューサー」「ボイストレーナー」の顔も持ち、人々がさらに音楽を日常の中で楽しめるよう、様々な活動を行ってゆきたい、と朗らかに語ってくれました。続くミニ・コンサートでは、ブランクがあったことを感じさせない、ハリのある美声で2曲を披露。また宮崎誠さんが「第九 歓喜の歌」をディズニー・パレード風にアレンジした楽しい音楽にあわせ、彼女が考案した「Y’s 体操」を実践。一緒に“ひと汗流した”観客は皆、笑顔で職場に向かっていらっしゃいました。
【コンサート・レポート】
『井上智恵CONCERT Thank you for the mYOUsic』より
『井上智恵CONCERT Thank you for the mYOUsic』より
『キンキーブーツ』来日版
10月5日~30日=東急シアターオーブ、11月2~6日=オリックス劇場『キンキーブーツ』来日版
7~9月に日本人キャスト版が上演され、話題をさらった本作(ローレン役ソニンさんのインタビューはこちら)。その興奮冷めやらぬ中、今度は米国ツアー版が来日します。
英国の地方都市ノーサンプトンで、急逝した父に代わって傾きかけた靴工場を継ぐことになった青年が、ひょんなことからドラァグクイーンのローラに出会い、彼女をデザイナーに迎えるが……。
同名映画を原作とする本作のミュージカル化にあたり、作詞・作曲家として迎えられたのはポップスターのシンディ・ローパー。これまで既成の価値観にとらわれない生き方、自己肯定を歌ってきたシンディは、キャッチ―かつ心に残る多彩なメロディで物語を彩り、起用は大当たり。日本人キャスト版では日本の観客向けに翻訳をアレンジした部分もあったため、日本版を御覧になった方なら今回、彼女のオリジナル歌詞(の字幕での直訳)をじっくり鑑賞すると、細かな発見が楽しめるかも。もちろん日本版を観ていなくとも、あるいは何の前知識も無くとも、たちまち“ローラの世界”に引き込まれることでしょう。
【観劇ミニ・レポート】
『キンキーブーツ』来日版
『キンキーブーツ』来日版
『CONTACT-コンタクト』
10月15~16日=愛知県芸術劇場大ホール、22~23日=りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館劇場、28~30日=彩の国さいたま芸術劇場大ホール『コンタクト』Photo:Philippe Laurent
フランスを代表する振付家・演出家の一人で、シルク・ドゥ・ソレイユの新作『Paramour』演出も手掛けたフィリップ・ドゥクフレ。来年1月には高畑充希さん主演のミュージカル『わたしは真悟』を演出予定の彼が、自身のカンパニーDCAを引き連れて来日します。
上演する『コンタクト』はゲーテの『ファウスト』にインスピレーションを得、ピナ・バウシュへのオマージュを捧げた作品。生演奏、歌、ダンス、演技というミュージカル要素は含みつつも、ミュージカルの定型を解体し、次々に奇妙で美しく、ユーモラスな光景を呈示します。単純に楽しめる一方で、ミュージカルの定義とは?を考えさせる、刺激的な作品でもあります。
【観劇ミニ・レポート】
語り部的な男性歌手(ノスフェル)を中心に全員が歌い、踊る舞台では、『ファウスト』の物語にインスピレーションを受けた摩訶不思議なシーンが次々展開。万華鏡的な画像を背景に一組の男女が背中を丸めてボックスに入ったり出たりするシーン、サーカスのティシュ―技(天井から吊り下げた紐や布にアーティストが絡みつき、上り下りする)等が身体能力抜群のアーティストたちによって余裕たっぷりに演じられ、観る者の感性を揺さぶります。今回の舞台では日本語の台詞・歌詞も多用し、親しみやすさにも配慮。このマジカルな世界のクリエイター、フィリップ・ドゥクフレが日本で手掛ける次作『わたしは真悟』への期待もいっそう増す公演となりました。
『イン・ザ・ハイツ』
10月16日~11月6日=KAAT神奈川芸術劇場
【見どころ】マンハッタンのヒスパニック系コミュニティを舞台に、住民たちの夢と現実をラテンのリズムに乗せて描き、08年のトニー賞作品賞に輝いた本作。松下優也さん、microさん主演の日本版(14年)も記憶に新しいところですが、今年は韓国のカンパニーが来日。8~9月の東京公演に引き続き、10~11月には横浜にお目見えします。
TETSUHARUさんの緻密で躍動感あふれる演出・振り付けと層の厚いキャストが圧倒的だった日本版に比べると、今回の韓国版は若くフレッシュな出演者たちの“熱量”が第一の魅力。また特に後半、様々なドラマを経て思いのたけを歌うナンバーでの歌唱は情感に溢れ、聴きごたえがあります。横浜公演では新キャストも迎えるとのこと。さらに充実の舞台が期待されます。
【ピラグエロ役 キム・ナムホさんミニ・インタビュー】
キム・ナムホ 83年カンウォンド出身。大学でミュージカルを専攻、以来多数の舞台に出演。来年1月21日には表参道GROUNDでバースデー・コンサートを開催予定。少年時代にR&B歌手を夢見ていたこともあり、『イン・ザ・ハイツ』の複雑なリズムのナンバーはすごく自分に合っていると思う、と言う。(C) Marino Matsushima
――日々の暮らしに精一杯の人々がひしめくワシントン・ハイツ。舞台では町に“戻ってきたい”派と“出て行きたい”派が交錯しますが、ピラグエロさんはどちらでしょう?
「基本的に、この町の住民はみな“いつか出て行きたい、この暮らしから抜け出したい”と思っているそうなのですが、ピラグエロは今、ここが幸せ。出て行こうとは思っていない、ととらえています」
――2幕の大ナンバー“Carnaval”ではピラグエロや美容師のダニエラが皆を鼓舞。凄まじい迫力です。
「1幕終わりに停電が起こり、町では略奪が横行します。どこもかしこも荒らされ、人々はすっかり気力を失ってしまうのですが、30代で、“みんなの叔父さん”的な存在のピラグエロは、皆に“立ち上がろう、頑張ろう”と呼びかけるんです。手をすり合わせるような振付が面白いって? あれは“祈り”のニュアンスかと思います。アジア的な感性かもしれませんね。お客様たちからもあの振りが面白い、という声をいただいています」
――本作をどうとらえ、その中で日々、どんな思いで演じていますか?
「ラテンアメリカから夢を持って移住してきたけれど、なかなか這い上がれず、お金もない人々。生きていくだけでも大変だけれど、その中でも愛や友情は生まれる。世界のどこでもそれは同じなんだ、という物語で、だからこそ誰もが共感できるのではないかな。僕が演じるピラグエロは主人公ではないけれど、たとえ舞台の一番奥で照明の当たっていない瞬間でも誰かの目に留まるかも、と常に工夫をしていますので、ぜひ僕を探して下さい(笑)」
――ナムホさんはデビューから15年とのことですが、その間の韓国ミュージカル界の変化をどうとらえていますか?
「近年はアイドルも出演するようになって、日本など、海外からソウルに観に来てくれる方が増えているのは嬉しいですね。創作も以前から盛んでしたが、最近は中国やブロードウェイで上演される作品もあり、非常に進化しているのではないかと思います。僕が出演した中では『皇太子失踪事件』という作品が印象的でした。失踪で浮かび上がる宮廷内の人間関係を描いた時代劇ですが、裸舞台で、すべてが役者の演技で表現されます。僕は王の側近で、2時間ずっと背中を丸め続けた年配の役。非常に演出が巧みな作品で、いつか絶対また出演したいですね。
韓国ではミュージカル公演が多いので、俳優は大変(笑)。僕もずっと複数の公演をかけもちしてきましたが、昨年、思い切って仕事を休み、1年間日本で日本語やケーキ作りを学びました。日本のファンの方々とコミュニケーションできるようになったし、ケーキ作りもちょっと上手ですよ(笑)。役者をしながら、カフェを開いてみたい。そして、多くの人から愛される“いい人間”になりたい、というのが僕の夢です」
東京国際映画祭上映 ミュージカル映画『三人姉妹』
10月26、29日=TOHOシネマズ 六本木ヒルズ『三人姉妹』(c)KalyanaShiraFilms / SAFilms
世界各国から様々な作品がやってくる東京国際映画祭ですが、今年は珍しい“インドネシア産”のミュージカル映画が登場。60年前にインドネシア映画の父、ウスマル・イスマイル監督がハリウッド映画を参考に作った同名映画を、女性監督ニア・ディナタが、設定を現代に移してリメイク。孫娘たちの理想の婿探しに奔走するおばあちゃんと、自由に生きたい孫娘たちの騒動がコミカルに描かれます。英米とはもちろん、インドのミュージカルともまた異なる楽曲はなんともユニークで魅力的。日本のミュージカルの未来を考えるうえでも、インスピレーションを与えてくれそうな一本です。
【鑑賞レポート】
都会の渋滞にいらいらする三人姉妹のナンバーに、結婚しない彼女たちにやきもきするお祖母ちゃんのナンバー。どこか懐かしく優しいポップス調の楽曲に彩られながら始まる映画は、姉妹が海辺のリゾートに移り、父とブティックホテルを切り盛りしながらそれぞれ恋に落ちる様を描きます。
健康的な美しさ溢れる三姉妹に、感じのいい美男子たち。開放感に満ちた海辺の風景や美味しそうな料理の数々に、民族舞踊の振りを取り入れたビッグナンバー。そして紆余曲折の後に訪れる、素敵な結末。主人公たちが会話の三分の一程を英語で行うなど、インドネシアの若年富裕層の「今」を反映させつつもおおらかで“おとぎ話的”な本作には、ミュージカルという形式がぴたりと合います。鑑賞後は爽快そのもの、ついでにインドネシアへの旅心もそそられる作品です。