【PICK OF THE MONTH MARCH 3月の注目ミュージカル】
『ジキル&ハイド』
3月5日~20日=東京国際フォーラムホールC
『ジキル&ハイド』写真提供:東宝演劇部
【見どころ】
自らの肉体を使って実験を行う博士の悲劇を通して科学万能主義に警鐘を鳴らす、スティーブンソンの同名小説。この作品を肉厚な音楽でドラマティックにミュージカル化し、フランク・ワイルドホーンの出世作となった本作は、日本では鹿賀丈史さん主演で上演を重ねてきましたが、12年に石丸幹二さん主演版が初演。新たなジキル&ハイド物語の誕生が話題を呼び、この度再演が実現しました。石丸さんのみならず、濱田めぐみさん、笹本玲奈さん、石川禅さん、今井清隆さんら、ミュージカル界を牽引する豪華キャストが揃う舞台。4年の時を経てより陰影を増すであろう石丸さんの歌唱にも大きな期待が寄せられます。
【観劇レポート】
“禁断の領域”に踏み込んだ者の悲劇を
細やかに、ダイナミックに描く人間ドラマ
『ジキル&ハイド』写真提供:東宝演劇部
腹に響く重低音とともに幕が上がると、そこは精神病院。在りし日の姿からまるでかけ離れてしまった父を前に、医師ジキルは自らの研究遂行を固く心に誓います。人間の内なる“善”と“悪”を分離する薬を開発中の彼が、「知りたい…我も知らぬ真実…」と探求心をあらわにするナンバー。演じる石丸幹二さんの歌声は誠実にしてパワフル、のっけから客席を圧倒します。
『ジキル&ハイド』写真提供:東宝演劇部
続くロンドンの雑踏における人々のアグレッシブなナンバーでは、ソロを歌わず、中央で足をとめるだけの娼婦ルーシー(濱田めぐみさん)が存在感を放ち、ジキルの婚約者エマ(笹本玲奈さん)とその父(今井清隆さん)が愛情深く親離れ・子離れを歌うナンバーは、その穏やかさが好感を誘う。「押し」と「引き」の落差が効果的なフランク・ワイルドホーンさんの音楽は、理事会で人体実験を却下されたジキルが自身の体で実験を行うことを思いつき、晴れやかに歌う「時がきた」、そして実験の結果凶暴な男ハイドへと変身してしまう「Alive」の大曲2曲で、前半のクライマックスを迎えます。ルーシーをサディスティックに屈服させるいっぽう、偽善的な理事たちを次々に殺戮するハイド。彼が自分の中のもう一人の人格であることに気付き、衝撃を受けたジキルがとった行動とは…。
『ジキル&ハイド』写真提供:東宝演劇部
研究室後方に置かれ、異様な存在感を放つ巨大な換気扇。無機質なプロペラは、人間が到底太刀打ちできない宿命を暗示するかのように不気味に回転します(美術・大田創さん)。人類の幸福のためにと新薬を開発していた主人公が、その高邁な理想ゆえに、人間が禁じられた領域に足を踏み入れ、破滅へと向かう。繊細さと力強さを自在に、惜しげなく操る石丸さんの声が、科学至上主義の象徴であるのかもしれないこの人物をくっきりと描き出します。
『ジキル&ハイド』写真提供:東宝演劇部
また二人のヒロイン、エマとルーシーは境遇は全く違えど、ともにジキルに関わることで「自立」を知り、ジキルの友人アターソンは“処世術”を身に着けようとしないジキルに危うさを覚え、何とか救い出そうと奔走。彼らを演じる笹本さん、濱田さん、そして石川禅さんの好演も得、ともすれば“猟奇的スリラー”に見えうる物語が、人間の根源的な在り方を問うダイナミックな問題作として呈示されています(演出・山田和也さん)。その展開に希望や喜びが差し込む瞬間、時に客席前方にまで投げかけられるのは白い光(照明・高見和義さん)。ラスト、舞台に降り注ぐその光がひときわ印象的な舞台です。
*次頁で『トーテム』以降の作品をご紹介します!