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大動脈解離は早期発見できないのか?―大阪・暴走事故

2月26日に大阪で車の暴走事故があり、多数の死傷者が出ました。原因は、運転していた方が大動脈解離になり、心タンポナーデという状態になって意識が消失したためでした。大動脈解離という病気ではこうした急激な変化が起こり、まもなく死に至ることがよくあります。そのための対策を考えてみましょう。こうした悲劇が少しでも減るように。

米田 正始

執筆者:米田 正始

心臓血管外科専門医 / 心臓病ガイド

急性大動脈解離は発病まもなく命を奪う病気として知られていますが、その極め付けのような不幸な事故が起こってしまいました。

以下は毎日新聞デジタルからの引用です。

<大阪・車暴走>運転男性死因は心疾患「事故直前に発症」
毎日新聞 2月26日(金)18時43分配信

大阪・梅田の繁華街で乗用車が暴走し、通行人ら11人が死傷した事故で、大阪府警は26日、車を運転していたビル管理会社経営、大橋篤さん(51)=死 亡=の遺体を司法解剖した結果、死因は大動脈解離による出血で心臓の機能が急激に低下した心タンポナーデだったと発表した。事故直前に発症したとみられ、 大橋さんは意識を失った状態で交差点や歩道に突っ込んだ可能性があるという。

(中略)

一方、府警は26日、亡くなった通行人の男性は職業不詳の園尾(そのお)幸治さん(65)=大阪府寝屋川市萱島信和町=と確認したと発表。頭を強く打ったとみられる。園尾さんを含む10人の通行人が事故に巻き込まれ、大阪府高槻市の女性(28)は今も意識不明の重体。20~70代の男女8人が重軽傷を 負った。【千脇康平】

出典:毎日新聞デジタル

急性大動脈解離とは

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【図1】大動脈解離の起こり方

急性大動脈解離ではある日突然大動脈の壁が内外に裂け、その裂け目に血液が貯まり、裂け目が広がって行きます(図1)。

 
A型解離とB型解離

【図2】A型解離とB型解離

上行大動脈にその裂け目ができればA型と呼び(図2)、発生2日間で半数近くが死亡する重病です。緊急手術が必要な病気です。一方、下行大動脈が裂ければB型と呼び、これは入院と薬などで治しますが手術やステントグラフトが必要なことがあります。

 

心タンポナーデ

心タンポナーデ

【図3】心タンポナーデ

A型ではしばしば大動脈の裂け目から血液が心嚢(心臓をつつみこむ膜)内に流れ込み、心臓が圧迫されて十分に拡張できなくなる心タンポナーデと呼ばれる状態になります(図3)。

まだ記憶に新しい、過日の広島県のスキー場での衝突事故の時と同様の状態です。そうなると心臓は急に血液を送れなくなり、血圧が下がり、意識消失さらに死亡に至ることが多いのです。

あるいは大動脈の裂け目が脳に血液を送るべき頸動脈にまで及ぶと、脳へ血液が流れなくなり、やはり意識を失うことになります。

いずれにせよいのちの危機と言える状況です。

今回の場合は

今回の事故では、運転していた人が大動脈解離と心タンポナーデのため苦しくなってハザードランプをつけ、いったん車を止めたものと考えられます。しかし病気はさらに進み、意識を失って、たまたまアクセルの上に乗っていた右足が重みでアクセルを踏んだ形になったのかも知れません。あるいは遠ざかる意識のなかで必死に足を踏ん張った結果、たまたまアクセルを踏む形になったのかも知れません。

大変不幸かつ危険なことで、事故に巻き込まれてお亡くなりになった方や怪我をされた方、そして大動脈解離で死亡された運転者の方にお悔やみを申し上げます。

予防はできるのか?

この恐ろしい大動脈解離を予防することはできないものでしょうか。

答えは、残念ながら「かなり難しい」と言わねばなりません。ただし血圧を日頃から下げておけば、ある程度は抑えられる可能性があります。発生してからも大動脈の裂け目が広範囲に進展することを避ける、あるいは遅らせるという効果はあり得ます。

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血圧測定は早朝起き抜け時がベストです

血圧が高めのかたはぜひかかりつけの先生に相談し、お家で起き抜けの早朝血圧を測定・記録し、これを適正化(年齢にもよりますが120mmHg以内などに)するのは意義があるでしょう。併せて脳梗塞、心筋梗塞や腎臓病などの予防にもある程度役に立ちます。

大動脈解離にややなりやすい病気をお持ちの方々、たとえばマルファン症候群やロイツディース症候群の方々、大動脈二尖弁の方々には、定期検診で大動脈が安定しているのを確認してもらうと良いでしょう。

しかしこれだけで解離の予防が万全になるわけではありません。解離が発生するメカニズムにまだ不明な点が多くあるからです。

早期発見はできるのか?
せめて大事に至る前に発見と対策を!

予防が難しいのであれば、早期に発見・診断し、今回のような悲劇を防げないのでしょうか。

私の答えは「かなりできるのではないでしょうか」です。完全とは言えないまでもある程度以上有効な手立てはあると思います。

救急車

大動脈解離では生きているうちにしかるべき病院へ! それがいのちを救います

私の勤務する病院では連日、大動脈解離の患者さんたちが救急車で搬送されて来られ、多くは胸や背中の激痛を訴えられます。たとえ来院時には激痛が少し落ち着いていても、その少し前に激痛があったと言われます。そして多くの場合、その激痛はこれまで経験したことのないほどの激しいものだと言います。この段階で直ちに救急に対応できる病院へ行けば、生き残る可能性は高くなるでしょう。

現代の日本では、比較的おちついた状態で心臓血管外科の経験豊富な熟練チームがいる病院の手術室に間に合えば、ほとんどの方は生存できるのです。大動脈解離の手術は不慣れなチームでは8-20時間以上もかかり輸血も山盛りになり死亡率も上がりますが、熟練チームならおよそ3-5時間で少ない輸血で安全にできます。

今回の事故で言えば、ハザードランプをつけた時、あるいはその何分か何十分か前に胸や背中の激痛があった可能性があると思います。この時点で直ちにクルマを道の脇に止め、シフトをPに入れて救急車を呼べば、事故は起こらなかったかも知れませんし、この方ご自身も助かった可能性があります。

盲点をひとつ

胸痛

強い胸痛や背部痛は、たとえ一時治まっても危険信号です

胸や背中の激痛は大動脈の解離が広がるときに発生することが多く、広がりが一時とまれば痛みも和らぐことがあります。

しかしすでに解離した部分が危険であることに変わりなく、「痛みが治まったからもう大丈夫」という病気ではない、危険な状態が続いている可能性があることも知って頂ければ幸いです。

運転手さんとの会話から

たまたまこの事故があった日に、タクシーに乗ったのですが、70代とお見受けする運転手さんが、「私たちが運転中に大動脈解離になったら意識を失って事故を起こし、大勢の人たちを巻き込むのでしょうか、心配です」と聞かれました。

クルマを運転するすべての方々、中でも運転時間が長いバスやタクシー、トラックの運転手さんたちには今回のような事故は恐ろしいものと感じられるでしょう。それだけに前述のような対策を日頃から頭の片隅に置いて頂ければ、多少でもお役に立てるものと思います。

まとめ

こうして大動脈解離による死亡や事故が減れば、うれしいことです。
胸や背中の激痛があり、救急車を呼ぶことは医学的に正しい処置です。遠慮はいりません。

最後にこの事故で不幸にしてお亡くなりになった方々のご冥福をあらためてお祈り申し上げます。


■参考サイト
心臓外科手術情報WEBの大動脈疾患のページ
大動脈瘤・大動脈解離の原因・症状・診断
大動脈解離の治療・手術



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