心臓・血管・血液の病気/大動脈の病気・大動脈瘤・大動脈解離

大動脈瘤(真性瘤)の治療・手術・ステントグラフ治療(2ページ目)

大動脈瘤(真性瘤)は、破裂するとあっという間に命を落とす危険な病気。胸部大動脈瘤でも腹部大動脈瘤でも注意が必要です。近年は破裂するまでに手術や治療をすれば救命できることが多くなりました。大動脈瘤の治療法、手術法、また近年進歩しつつある患者さんにやさしいステントグラフト(別名EVAR、TEVAR)治療についてご説明します。

米田 正始

執筆者:米田 正始

心臓血管外科専門医 / 心臓病ガイド

腹部大動脈瘤の手術

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腹部大動脈瘤の手術で最近よく用いられる皮膚切開です

通常お腹のへその高さ付近に瘤ができます。慣れたチームでしたら90歳前後の高齢者や他の病気がある方でもかなり安全に手術ができます。お腹の真ん中の皮膚を縦に切開します。最近は長さ10cm程度の小さな切開で手術することが増えました。

動脈瘤のすぐ頭側の大動脈から、動脈瘤のすぐ足側の大動脈または左右の腸骨動脈あるいは左右の大腿動脈までを人工血管で取り換えます。2~3時間で終わる手術です。

 

手術成績は待機手術つまり破裂するま
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腹部大動脈瘤を人工血管で取り換えた図です。ステントグラフトでは同じことを内側からやります。

でに余裕をもって十分な準備のもとで行う場合は手術死亡率1%未満と良好ですが、いったん破裂して血圧低下、ショック状態、全身の臓器不全などの状態からの手術では死亡率がうんと高くなるため、破裂までに手術することが大切です。

 
また近年はステントグラフトという、折りたたんだ人工血管をカテーテルに乗せて腹部大動脈瘤まで運び、そこで広げて内側から瘤を治す治療が進歩しました。皮膚をあまり切らなくて良いという意味で患者さんにやさしい治療法ですが、現時点ではまだ数年以上の長期成績は不明ですし、位置づけとしてはこれまでの手術が危険な場合などに主に限定されています。

まして腹部大動脈瘤の手術成績は一般に良好でその効果は長期間確実であることから、まだ長期成績が不明なステントグラフトをどの患者さんにも使うのが正しいとは言えないのが一般的見解です。しかし現時点でも肺機能の悪い患者さんや超高齢者あるいは再手術など、従来型手術のリスクが高い患者さんでは意義がありますし、今後の有力な治療法として進歩を続けています。

胸部大動脈瘤の手術

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正中アプローチのときの皮膚切開です。上行大動脈から弓部大動脈、遠位弓部大動脈の手術までをこの切開で行います

部位によってアプローチの仕方が異なります。上行大動脈瘤と弓部大動脈瘤、遠位弓部大動脈瘤の多くは胸の真ん中を皮膚切開し、人工心肺を使って心臓を止めて手術します。

脳に血液を送る血管が弓部大動脈からでるため、体温を下げて脳を守るか、脳への血液を別途送って脳を守るなどして脳の合併症を避けるようにします。これらの方法が進化し、この20年で手術成績は大きく向上しました。

 

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遠位弓部大動脈の一部や下行大動脈の手術の際にもちいる皮膚切開です

一方、遠位弓部大動脈瘤の一部や下行大動脈瘤の手術は左開胸つまり左側の2本の肋骨の隙間を開けて行います。瘤付近の血流を遮断している間、人工心肺で下半身に血液を送り下半身を守るようにすることが一般的です。心臓は動かしたままのことが多いですが、ときに人工心肺で体温を下げて心臓も止めて人工血管をとりつけることもあります。

 

こうした胸部大動脈瘤の手術では以下の合併症がおこり得ます。
  • 脳梗塞などの脳障害
  • 下半身の麻痺(対麻痺)などの脊髄障害
さまざまな予防策の進歩でこれらの合併症は減りましたが、今なおある程度の危険性が課題として残っています。また
  • 心臓、腎臓、肺、腸、肝臓などさまざまな臓器の障害
の可能性があり注意が必要です。

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上行大動脈と弓部大動脈を人工血管で取り換えたあと、下行大動脈をステントグラフトで治したシェーマです。こうした大きな手術ではいつも以上に出血や感染を予防することが大切です

胸部大動脈瘤の手術で常に念頭におくべき合併症は出血と感染です。大動脈やその枝は圧が高いため出血しやすいのです。また比較的長時間の人工心肺や手術が必要なため、抵抗力が落ちて感染にやられることがあります。大動脈瘤の手術ではばい菌に抵抗力のない人工血管を使うため、一層感染には注意が必要です。

そのため、胸部大動脈瘤や胸腹部大動脈瘤の手術は経験豊富な外科医に依頼するのが安心です。待機手術の成績は死亡率は有力施設では数%以下とかなり安全になっています。

近年、下行大動脈瘤や遠位弓部大動脈瘤にステントグラフトが使われることが増えてきました。大きな皮膚切開や体外循環が不要であるため、患者さんにやさしい治療として注目されています。今後の発展が期待されます。弓部大動脈瘤にもこのステントグラフトは応用されつつあり、弓部大動脈の枝に前もってバイパスをつけておいてから(デブランチと呼びます)、弓部大動脈瘤をステントグラフトでつぶすようにすれば、これまでより小さい手術で治療できます。長期成績はこれからですが、期待される治療法です。

胸腹部大動脈瘤の手術

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胸腹部大動脈瘤手術のときの皮膚切開です

大動脈がもっとも奥まった部位にあり、かつ扱う大動脈も長いため、大きな皮膚切開が必要となります。左側胸部から腹部にいたる切開が用いられます。

動脈瘤より遠い部分の動脈に体外循環で血液を流してその部の臓器を守るようにします。そうしながら動脈瘤を人工血管で置き換えます。その間、肋間動脈、腹腔動脈、上腸間膜動脈、左右腎動脈などの重要血管を灌流してそれぞれの臓器を守りつつ、大動脈を再建します。

胸腹部大動脈瘤の手術の際に一番重要なのは脊髄保護です。脊髄がやられると対麻痺となり下半身が動かなくなることがあります。それを避けるために、脳脊髄液ドレナージや脊髄に血液を送ると考えられる動脈の灌流などをもちいての脊髄保護が行われます。

胸腹部大動脈瘤にもステントグラフトが使われるようになりつつあります。これも長期成績が不明ですが、創が小さく、また脊髄マヒが少ないため今後が期待されます。とくに腹部血管を前もって手術でバイパスしておいてからステントグラフトで胸腹部大動脈瘤をつぶす方法(デブランチング)は安全性も高く有用と考えています。

ステントグラフトによる手術

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遠位弓部大動脈から下行大動脈にかけてつけられたステントグラフトの一例です

ステントグラフトは近年使用が広がった比較的新しい治療法です。折りたたんだ人工血管をカテーテルという管(くだ)に乗せて動脈瘤までもっていき、そこで広げることで動脈瘤に内張りをつけて治そうというわけです。通常の大動脈手術のように皮膚を大きく切る必要がなく、体外循環なども不要ですから患者さんの体への負担はかなり少なくなります。

しかし動脈瘤の前後の血管がこのステントグラフトを支える良い血管であることが必要です。その支えの場所に重要血管の枝などがあるとこの方法は使いづらくなります。また、大動脈の屈曲、蛇行が著しい場合や、ステントグラフトを挿入する足の血管が閉塞している場合も治療は困難となります。人工血管の位置がずれたり、人工血管と大動脈壁のすき間に血液が漏れたりすることがあり、瘤が小さくならなかったり時には再発したりなど、確実性の点で問題があります。さらに、まだ10年余りのデータしかなくそれ以上の長期的な成績も不明です。

そのためステントグラフトは60歳以下の比較的若い方には必ずしも有利とはいえないこともあり、その患者さんの瘤のタイプや全身の状態、あるいはその病院での経験などを総合的に考えてその患者さんに一番適したと思われる方法をケースバイケースで選んでいるのが現状です。

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腹部血管バイパス手術とステントグラフトの両方で安全確実な治療をめざしたハイブリッド治療の一例です

またこのステントグラフトは胸腹部大動脈瘤で、患者さんの状態によってはうまく使えることがあります。腹部の重要な血管たとえば腎動脈や腹腔動脈、上腸間膜動脈などを前もってバイパス手術しておけば(これは全身麻酔こそ必要ですが腹部大動脈瘤なみの比較的小さめの手術で安全です)、あとはズドーンと胸腹部大動脈全体をステントグラフトで内張りしてしまえばかなり体への負担は小さくなります。

この方法(ブランチつまり枝を前もってきれいに処理・解決しておくという意味でデブランチングと呼びます)は慢性解離などの状況ではつかいづらいこともありますが、今後さらに発展するでしょう。脊髄麻痺も少なくてすみそうな期待が出てきています。

同様に弓部大動脈瘤にも、弓部大動脈全置換術ができないような状態の悪い患者さんに対して、まえもって弓部大動脈の3本の枝を人工血管で再建しておいて、弓部大動脈全体をステントグラフトで内張りしてしまう方法(デブランチング)が進化しつつあります。今後患者さんの年齢や体力や大動脈瘤の形・位置などを総合的に考慮してもっとも安全かつ確実な方法をオーダーメイドで考える時代になるでしょう。

また、このステントグラフト治療はこれまでの手術と異なる特殊な技術が必要で、そのトレーニングを受けた専門医が、認可を受けた病院でしか行えません。


参考: 大動脈基部拡張症やそれによる大動脈弁閉鎖不全症、あるいは大動脈二尖弁に関連した上行大動脈瘤については弁膜症のページや下記をご参照ください

参考サイト: 心臓外科手術情報WEB の中の大動脈疾患のページ と心臓弁膜症のページ
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