印刷と芸術のあいだ
凹版切手の面白さはどんなところにあるのでしょうか。筆者の考えでは実用印刷という要素と芸術作品としての性格が凹版切手の中に具現化されているところではないかと考えています。2014年に印刷博物館で企画展「印刷と芸術のあいだ」があり、日本の紙幣・切手印刷の歩みを紹介する展示を見ながら感じていたのですが、まさに凹版切手とは「印刷と芸術のあいだ」にあるのではないかと思います。ビュランを磨き続ける原版彫刻者
凹版印刷と一口に言っても、メゾチントやドライポイントなど、様々な種類があるのですが、特にエングレービングは気の遠くなるような修練が必要で、とりわけ専門性の高い芸術です。日本の凹版彫刻者の中では、「針研ぎ3年、描き8年、ビュラン熟する18年」という言葉があるのだそうです。ビュランとは凹版彫刻に使う特殊な彫刻刀で、自分で研がなければならないのですが、それまでに3年の修練が必要であり、難度の高い肖像が彫れるまでには、才能があっても18年はかかるという意味なのだということです。ここでは肖像そのものではないのですが、世界的にも有名な凹版彫刻者・押切勝造が制作した凹版試作品を紹介したいと思います。凹版切手をじっくり観察しよう!
凹版切手を入手したら、まずは肉眼でじっくり細部まで注意深く見ていただきたいと思います。きっと一目見たときには分からなかった深みや表現の巧みさに気が付くのではないでしょうか。次にルーペで覗いて、切手の線の入れ方を見ていきます。線の緻密さや表現の中に思わぬ工夫点や細部へのこだわりが発見できるかもしれません。ここでは再び押切勝造の作品から、彼の代表作とも言える「東照宮陽明門100円」をお目にかけたいと思います。どうやって凹版の原版彫刻者を調べるの?
ところで、なぜクレジットも入っていないのに、押切勝造の凹版切手だと分かるのでしょうか。それは切手カタログに掲載されているからです。気になる切手があったら、ぜひチェックしてみてください。凹版切手には1枚1枚に彫刻者ごとの個性やセンス、 手法の好みが自然と表れますし、大変な集中力のいる仕事の末にできる作品です。1人ひとりの彫刻担当者に思いを馳せながら鑑賞すると、1枚1枚 の凹版切手もまた違ったものに見えてくるかもしれません。(図版の赤枠が彫刻担当者。彫刻担当者が非公開の場合もある)凹版切手は何倍のルーペで見ればいいの?
凹版彫刻を行う際は通例、4~5倍のルーペで確認しながら彫刻をしていますから、一般的にはそれくらいの倍率のものがよいとされています。ただ、筆者自身は線の迫力を味わうためにも、7倍くらいのルーペで観察するのが好きです。(東海産業PEAKNo.1975・iPhone5で撮影)倍率については諸説ありますので、実際のルーペで試しながら使いやすいものを購入するとよいでしょう。倍率が高くなればなるほど、見た目が暗くなり、分かりにくくなるので、慎重に吟味しましょう。ルーペは切手ショップや写真用品店などで取り扱いがありますし、東京・錦糸町にはルーペの専門店「ルーペハウス」という店もあります。
次のページでは今話題の「日本の建築シリーズ第1集」について見ていきたいと思います。