3ペダル+シフトレバー=悦楽のスティックシフター
クルマの進化を振り返ってみれば、動力性能のあくなき追求のみならず、快適性や安全性、環境性といった周辺性能や諸機能の強化にも常に大きな力が注がれてきた。そして、その過程において、テレビや電話の“ダイヤル”のように、今ではもっと便利で簡単で安楽な装置や方法に取って代わられ、“テンキー”しか知らない世代には、いったいどうやって扱っていいものなのか分からない仕組みもあったりするものだ。否、もはやモノとしての“テンキー”さえ古くなってきた。3ペダルのシフトレバー付き変速機=マニュアルトランスミッション(MT車)などは、その際たる例だろう。通はスティックシフト(アメリカ英語でギアレバーの意味。転じてMT車のこと)と言ったりする。
おそらく、もう何年もしないうちに、足元にペダルが3つもあって、センターコンソールに棒(=スティック)まで生えたクルマに乗せられて、“なにこれ? いったいどうやって動かせばいいの?”と、パニックになる人ばかりという時代になるかもしれない。
フェラーリやランボルギーニといったハイパワーを誇るスーパーカークラスでは、3ペダルMT車の生産をやめて久しい。2ペダルのセミMT(シングルクラッチシステムやデュアルクラッチシステム)に取って換わられた。その理由はシンプルで、操作が簡単なうえに、だんぜん速いし、しかも安全だからだ。
つまり、3ペダルをあえて残さなければならない“合理的”な理由などもはやない。残されたのは、「クルマってもんは、マニュアルで乗らなきゃツマラナイ」などという、もうほとんど感傷ともいうべき感情論だけ、である。
裏を返せば、MT車には官能的な楽しさがある、ということもできる。運転そのものを楽しみたいクルマ。単なる移動手段ではなく、機械を操り、運転を習熟させるという自己鍛錬的もしくは自己成長的な楽しみが期待できる。MT車は、趣味のひとつとして、なるほど面白い存在になってきた。
99%が2ペダル=AT限定免許で運転できるクルマ、などという自動車先進国は、実は日本だけ。それだけ“先を行っている”とも言えるが、それゆえ国産車で愉快な3ペダルMTモデルを探すとなるとひと苦労だけれど、輸入車ならまだ比較的、いろんなタイプのMT車を探すことができる。
ヨーロッパの多くの人々は未だMT車に好んで乗るし、アメリカにも根強い(=メーカーが決して無視できない数の)MT車ファンがいるという。そのためのラインナップが、エントリーカー(スモール&コンパクト)やラグジュアリー・クラスに、今ならまだ充実している。
誤発進しないなど安全性では見直されている、とはいうものの、この先、電動化や制御技術の進化に伴って2ペダル化はいっそう進むとみられる。ピュアな内燃機関モデルとともに、3ペダルMT車が衰退するという大きな流れは変わりそうにない。
この先、たとえヨーロッパ市場で生きながらえたとしても、日本のインポーターがいつまでも3ペダルグレードを導入してくれるとは限らない。選べる今のうちに是非、味わい深い輸入車の3ペダルMT車を試してみて欲しい。
欧州ではMTが常識、ベーシックスモール・クラス
どこかの国のフツウは、違うどこかの国ではフツウじゃなくなる。海外旅行が面白かったり、余所の国の食べ物に驚いたり。文化や伝統が違えば、そこにいろんな個性がにじみ出る。だったら、そこを徹底的にアピールすればいいじゃないか。そう割り切って、日本人にとって“面白い”クルマを提供し続けているのが、フランスのルノーだ。
フランスにおけるトヨタのようなブランド、なのに、カングー、トゥインゴ、ルーテシア、というベーシックなモデルに全て“ゼン”グレードのMTを用意する。どのモデルも、どこかポップな雰囲気で、乗って楽しい。初めてクルマを運転したとき(AT免許ではなく)の、感動が蘇る。
同じような楽しさが、プジョー208やDS3にもある。ルノーより、ちょっと生真面目でしっかりしていて肩に力が入るけれど、ドイツ車に比べれば、まだしも当たりが柔らかい。フランス車は、総じて、ドライバーとの距離が短く、親しみがもてる。3ペダルならいっそう、親近感も沸く。ペット的な可愛げがあるのかも知れない。
ドライブが最も楽しい、スモールスポーツ・クラス
ベーシックシリーズの人気モデルには、上級グレードとして、少しばかり高性能なエンジンに積み替えたスポーツモデルが用意されている場合が多い。そのうえ、このクラスの高性能エンジンであれば、十分、MTで自由に操っていけるレベル。3ペダルでドライブして、最も楽しいセグメントかもしれない。定番はポロGTIとミニクーパーJCW、だけれど、ここでもオススメはプジョー208GTi、フランス車“高性能銘柄”だ。
ベースモデルの素性の良さは、そもそも高性能グレードの仕様を想定してのこと。ボディやシャシーのデキが、クラス平均以上だ。それゆえ、このMTには、操ることの根源的な楽しさ、たとえばギュンギュン回るエンジンと繋がっているという感覚や、自分の思い通りにクルマが鼻先を向けているという実感、を存分に味わわせてくれる余裕が、クルマそのものにある。
その点、MTで少し期待外れになるルノートゥインゴGTなどは、“新人類”向き、ということだろうか。
ちなみにMTが用意されていたアウディS1/S1スポーツバックは販売終了。メルセデス・ベンツの国内ラインナップで唯一MTグレードの存在したSLKも、SLCに代替わりしてMTモデルはなくなっている。
現代に復活した名チューナー、アバルト。フィアット500をベースとしたのがこのアバルト595。1.4L直4ターボを搭載する。5MTモデルはベースグレード(293.76万円)と595コンペティツィオーネ(365.04万円)に用意された
この2台に比べると、ポロやミニは定番だけあって、コストパフォーマンスに優れ、誰もが安心して楽しめる内容になっている。そのぶん、面白みには欠けるけれども、間違った選択になるリスクもほとんどないだろう。
メーカーがMTを出している間に。コンパクトスポーツ・クラス
究極のライトウェイトスポーツ、世界最速のコーナリングマシーンとも呼ばれるロータス エリーゼ。1.6Lと1.6Lスーパーチャージャーを搭載、全グレードがMTモデルとなる。価格は496.8万~745.2万円
真剣にマニュアルドライブをモノにしたい、スティックシフトを極めたい、スポーツ走行を本格的に楽しみたい、サーキットでのタイムアタックレベルまで取り組んでみたい、という向きには、ミドシップのロータス エリーゼが、すべての上達への早道だろう。
BMW M2もホンキの一台だ。よくできたFRのスポーツカーで、豪快なドリフト走行もお手のもの。普段使いにも快適な乗り心地で、エリーゼよりかなり実用的というのも魅力。
セグメントのベンチマークとなるVWゴルフのスポーツグレードがGTI。220psの2L直4ターボを搭載、MTモデルの価格は389.9万円。4WD仕様の“小さな高級GT”のRにも6MT仕様を用意、こちらは549.9万円となる
最もスポーツカーらしい、ミドルスポーツ・クラス
ミドルクラスのミドシップカーは、ある意味、最もスポーツドライビングに適したロードカーのクラスかもしれない。ポルシェ718系を軸に、ロータス、アルファロメオ、アルピーヌ(18年中)と、粒も揃ってきた。けれども、3ペダルを用意しているのは、ポルシェとロータスのみ。ここでも性能の向上に伴って、2ペダル化が進んでいる。ロータス・エキシージか、718ボクスター&ケイマンか。キャラクターが全く違うので、極端な話、たとえばケイマンとエキシージを同じガレージに並べてあってもいいくらいだ。普段乗りがケイマンで、エキシージはサーキット用だね、などと、無理なく想像できる。
もっとも、ボクスター&ケイマンもグレードによってキャラクターが変わる。日常的に使えて、MTでも存分に楽しめるのは、ベースグレードかS。よりハードな領域(たとえばサーキット)でも楽しみたいというなら、GTSやGT4&スパイダーがいい。
ミドシップスポーツカーとして高い完成度を誇る。毎日使いにも不満はない。特にケイマンなら、荷物だってそこそこ積めてしまう。オープンエアが欲しいか、実用か、で、チョイスできるという魅力もある。
ベースモデルであればアクセルペダルを踏み切る楽しさがあるし、高性能グレードには上級スーパーカーを食う下克上的な悦楽がある。ボクスター&ケイマンは死角のないスポーツカーだ。
一方のエキシージはというとスパルタンスポーツカーの申し子のような存在。ほとんど公道を走るレーシングカーのようだ。つまり、乗り手を選ぶ。それゆえ、乗っていて決して退屈することはないが、それが毎日となるとツライ。セカンドカーとしてなら、これほど素晴らしいモデルはないと思う。
ラグジュアリースポーツ・クラスで選ぶなら?
価格が一千万円を超える高性能モデルで3ペダルの選択肢はというと、指折り数えられる程度。MT車が残されている理由は、実をいうと、北米市場においていまだ無視できないボリュームのスティックシフター・ニーズがあるからだ。アメリカンスポーツの最高峰・コルベットがMTを諦めていないのが、そのことをよく物語っていると思う。ポルシェ911やBMW M3&M4にもMTグレードが存在する理由も、北米市場で無視できない数のニーズがあるからということらしい。パワーがあるクラスなので、純粋にMTを駆使して楽しめるかどうかと問われれば、難しいと答えるほかない。実際、コルベットZ06にしても、あのパワーを満喫したいのであればMTではなくATを奨めたくなる。もはや、このクラスのパワフルさは、人が手足を駆使して楽しむという領域を逸脱しつつあると言っていい。
それでもこのクラスでMTのオススメモデルをチョイスしろと言われればポルシェ911、と、自然吸気エンジンを積んでいた991前期モデルならそう答えていた。けれども、マイナーチェンジでベースモデルが全てターボ付きに。MTで楽しいと思えるクルマではなかった。BMW M4もジャガーFタイプも、3ペダルより2ペダルのほうが面白い。
ロータスエヴォーラやポルシェ718系の上級グレードを選ぶという手もあるが、それならシンプルにエリーゼやベーシックな718を選んだ方が楽しいと思う。
ラグジュアリースポーツクーペの“スタンダード”、ポルシェ911。RRレイアウトを熟成、7世代目のタイプ991となる。GT3は500psの4L自然吸気エンジンを搭載した”公道とサーキットを両立する”スポーツモデル。価格は2115万円