「高校野球のキャプテン」が数年後、「猫たちのリーダー役」に
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
「姉がすごく演劇が好きで、宝塚から劇団四季、ストレートプレイとすべて好きだけど旭川だったので、なかなか見ることができなくて、舞台を観たいがためにWOWOWを契約したんです。その姉がいろいろビデオに撮っていたなかでたまたま観たのが、音楽座の『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』という作品。これにものすごく衝撃を受けました。
野球は高校までやっていたけど、甲子園出場も無理だったし、この先どうしようかなと思っていた頃だったので、この音楽座というカンパニーに入りたいと思いました。まずはミュージカルというものを理解しようと、当時札幌でやっていた『キャッツ』を姉と観に行きました」
――そして上京、舞台芸術学院でミュージカル修行を始めたのですね。実際取り組んでみて、違和感などは?
「歌うことは小さいころから好きだったのですが、それまでユニフォームを着て泥まみれだったのが、何も知らずに東京に来て、突然タイツやバレエシューズを履くことに、自分でもおかしいくらいとまどいました(笑)。でもやっていくうちにどんどんのめりこんで、楽しくなってきましたね。ダンスが自分に向いていたというわけではないと思うのですが、体を動かすことが好きなので、苦ではなかったんです」
――学院を出てからは音楽座ではなく、劇団四季研究所に入られました。
「たまたま四季のオーディションのほうが音楽座より早かったのと、当時はバイトをしながらの貧乏学生でしたから、劇団四季研究所は受かれば1年間無料でレッスンが受けられるというのが魅力で(笑)。やるからには一番レベルの高いところでレッスンを積んでから、希望の劇団に入ろうと思っていました」
――とても狭き門の劇団四季研究所に、第一志望というわけではなかった福井さんが受かってしまったのですね(笑)。
「入ってみると、みんな凄いんですよ。とにかく皆さん劇団四季が好きで、何度も落ちてやっと受かったような方もいる。みんな一日中レッスンして、劇団所蔵の台本や資料もたくさん読んで、夜は申請して、四季の舞台の見学に行っていました。僕はというと、当時東京で『キャッツ』をやっていたけど…、一回も観ませんでした(笑)。“(同期の中で)一番初めに辞めるんじゃないか”と言われてたけど…結局、同期では自分が一番長くいました」
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
「アンサンブルで一か月入って、それからマンカストラップを勤めました」
――ソロデビューにしてリーダー猫のお役。最初から嘱望されていたのですね。
「23歳でした。(抜擢してくださった)浅利(慶太)先生に感謝しています。ここで役者としての基礎を叩き込まれたし、10年以上出演し続けたので、思い出深い作品ですね」
――福井さんのマンカスは立ち姿も颯爽として、ヒーロー的な造形が鮮烈でした。
「日本版『キャッツ』をリニューアルする時に、振付の加藤敬二さんのなかでマンカスのイメージを変えたいというのがあって、それと僕の持ち味がうまく合ったようなんです。僕は体育会系で野球ではずっとキャプテンをやっていまして、そういう自分の引き出しと(加藤さんの理想像が)たまたま合致して、自然に入っていけました」
――『アイーダ』のラダメスも当たり役です。
「僕が劇団四季で初めて主演させていただいた役だったので、大好きな作品です。男だったら誰もが憧れる、一番かっこいい役ですからね」
「歌」という武器を起点に、さらなる高みをめざして
『何処へ行く』撮影:山内光幸
「最初はジャベールを希望していたんです。ジャン・バルジャンは音域的に難しいと思っていたので、オーディションを受けるつもりはなかったのですが、人に“自分で決めることではないし、せっかくなので受けてみては?”と勧められて、二つ受けたんです。ジャベールのほうは早めに(出演が)決まったのですが、バルジャンのほうは“練習してみて下さい”と言うことで再度見ていただき、決まりました」
――福井さんのバルジャンはとりわけ改悛する場面の言葉がとても粒だっていて、一人の人間が生まれ変わる瞬間が克明に表現されていました。言葉を大切にする劇団四季出身の役者さんならでは、と感じました。
「劇団四季で言葉を大事にという教えをいただいて、体に叩き込まれていますので、特に意識しなくても(自分の演技に対して)そういうふうに言っていただけることが多く、劇団にはとても感謝しています。
『何処へ行く』撮影:山内光幸
――確かに『何処~』でも、冒頭の“時代背景解説”的なナンバーを福井さんが歌うことで、作品世界の概要がしっかり伝わってきました。『何処~』といえば、福井さんが演じられた(主人公の叔父)ペトロニウスについて、一か所不思議に思ったのが、彼は女奴隷に愛を告白されて、すぐにそれを受け入れますよね。現代人の感覚だと、「そうだったのか…」と愛おしく感じる瞬間なり、ワンポーズがあるかなと思ったのですが。
「僕も初演を観ていてあそこが急に見えたので、“もう少し長くなりませんか”と相談したのですが、そうはならなかったので、自分でどうにかしないとと思って、現代人と当時のローマ人の感性の違いと解釈しました」
――その前の台詞で、彼が「(自分は)誰にも愛されたことがない」と言い切っているのにも驚きました。
「単純に(恋愛に)興味がなかったのかもしれません。(政権の権力者として)仕事が第一だったのかもしれないですね。当時は奴隷の扱いにしても女性の見方にしても現代とは違うものがあって、本当の意味での“愛”を、エウニケとの関係を深めるまで知らなかったのでしょう。女性を奴隷という風にしか見ていないところに本当の愛が生まれる、という点で、大好きな『アイーダ』ともちょっとかぶる部分のある作品で、楽しかったです」
『ジャージー・ボーイズ』
「残念ながら、スケジュールが空かず、観られなかったんですよ。でもとても評判がよくて、皆さんすごく感動したとおっしゃっていますね。作品のモデルであるフォーシーズンズについては、僕は73年生まれで彼らは60年代に黄金期だったので、リアルタイムでは聴いていないのですが、ヒット曲の「シェリー」などは自然に耳にしてきました。日本版は藤田俊太郎さんが演出されるということで、どうなるか楽しみです」
――フォーシーズンズは4人のコーラスグループなので、4人の団結力がポイントの舞台になりそうです。
「今回のキャストでは、吉原(光夫)君、海宝(直人)君とは共演経験があります。中河内(雅貴)君もこの前、コンサートで一緒でした。コーラスの中で僕の演じるニックは低音パートらしいんですが、個人的には低音が得意なので、“来たな”と思っています(笑)。キャラクター的にもニックはちょっと大柄でお兄さん的な存在で、年齢的にもちょっと上なのでちょうどいいかなと。人間臭くできたらいいかな、と思っています」
――今後について、どんなビジョンをお持ちでしょうか?
「自分でいうのも何かと思いますが、僕は歌が武器だと思ってやってきて、ある程度認めていただいてきましたが、お芝居に関しては劇団四季を出てから本格的にはやっていないんです。そういう意味では役者としてはまだまだ未熟だと思っているので、もうちょっとお芝居の勉強をしたいかなというのはあります」
――ストレート・プレイとしては劇団四季時代に『ハムレット』に出演されましたし、『鹿鳴館』で久雄という大役も勤めていらっしゃいましたよね。
「ぼろぼろでした(笑)。四季ではまずは開口等の方法論が大切で、(その他の部分については)自己流になってしまったので、もっといろいろな引き出しを持ちたいなと思っています。先輩方のところに出かけていって、いろいろやりたいですね。
これまで自分の中ではどういう役者になりたいか、明確なものがなかったのですが、ちょうど数日前に事務所に所属することになり、いろいろ話をする機会がありました。そのなかで、“歌だけじゃなく、いろいろ勉強した方がいいよ”とおっしゃっていただいて、そうだなと思ったんです。これからも歌が好きなことには変わりありませんが、自分の中で幅を広げていけたらなと思っています」
――来年は、こまつ座さんあたりに出演されているかも…?!
「いえいえ、そんな。でもこの前も(こまつ座の)『マンザナ、わが町』を観まして、土居裕子さんも吉沢梨絵さんもすごいな、と思いました。自分はまだまだだな、と」。
*****
ソフトな語り口に謙虚さ、誠実さが滲み出る福井さん。これまで演じてこられたヒーロー役のイメージを裏切らない素顔が嬉しいインタビューでしたが、そんな彼にとって今回の『歌会』は、さらに役者の幅を広げてゆくための大きな一歩。共演者として福井さんを熟知する(?!)原田優一さんから引き出されるのは、どんな一面なのでしょう。これは決して見逃せません!
*公演情報*『KAKAI歌会2015』2015年11月20~22日=三越劇場
*次頁に『KAKAI歌会2015』観劇レポートを掲載しました!